突然の邪魔者登場に林先輩とそのお友達とやらはすぐに振り向き、僕を見て思いっきり顔を歪ませた。
「あぁ? 誰だてめぇ」
「しゃしゃってんじゃねぇ!」
「殺すぞ!」
「痛い目みてぇのか!」
「やってやんぞおい!」
ご丁寧にそれぞれ一言ずつ言葉を発する。
奥にいる市道紫帆は少しだけ口を開けて驚いている。バッグをぎゅっと抱いたまま固まっているみたいだ。
そして僕は敵意丸出しの男達に向かって、ハッと嘲笑するように笑った。
「いくら公衆の面前であっさりフラれたからって、ダサすぎでしょ」
「ぶっころせ!」
一斉に林先輩の取り巻きが襲いかかってくる。
数は4人。左から黒髪と茶髪、ツーブロックとマッシュ。
茶髪の奴の足が速い。最初に僕を捕まえようとしてきた茶髪に対して、僕は勢いよく踏み込んだ。
レンガ造りの壁に近づき飛び上がる。男達の手が伸びてくるよりも前に、壁を蹴って跳ねる。
黒髪の男の頭上をスレスレで抜けて、真後ろに着地する。相手が止まって振り向くと同時にタイミングを合わせて回し蹴り。
一番フットワークが軽いことが災いしたか、茶髪の顔面に僕の蹴りはクリーンヒットした。バキッと乾いた木が割れるような音と共に、肉を叩いた感覚が伝わってくる。
久しぶりの感覚だ。そのまま殴りかかってきたツーブロックの右ストレートを躱し、相手の右腕を引っ張ってバランスを崩す。
隙ができたところで腕を差し込み、足払いで身体を浮かせる。そのまま顔を掴んで頭から地面へと叩きつけた。
ゴンッと地面から音が鳴り、ツーブロックは悲鳴をあげる間もなく沈黙する。残りは2人。態勢を立て直そうとしたところで、グイっと何者かに身体を引っ張られる。
「捕まえたぞ!」
黒髪が僕を羽交い絞めにする。目の前にはマッシュが今にも殴りかかろうとしていた。
襲いかかる右ストレート。慌てることなく呼吸をして右足を振り上げる。
マッシュの拳を弾き飛ばし、そのまま両足で彼のお腹を蹴った。
「がぁっ!」
柔らかい腹がへこみ、マッシュが短く悲鳴をあげる。
同時に、蹴った際の反動を利用して羽交い絞めしていた黒髪に全体重をかけた。
「うわっ!」
黒髪が驚き、そのまま後ろに下がる。ガシャンッと背後のシャッターが揺れて拘束が緩む。
抜けるなら今だ。拘束が緩くなったところで腕を引き抜く。
そのまま自由になった左手で黒髪の股間を殴りつけた。
「ぐぎっ!」
言葉にならない悲鳴をあげて、黒髪が崩れ落ちる。掴まれていた右腕も引き抜いて顔を殴り、先ほど両足で蹴り飛ばしたマッシュの背中に足を振り下ろす。
グッと体重をかけてマッシュを押さえ込む。その場で首を回すと、林先輩が顔を引きつらせて僕を見ていた。
「なんなんだよお前……くそっ!」
林先輩が僕に背を向ける。
その先にいるのは市道紫帆だ。まさかとは思うが、彼女を人質になんてこと――いや、普通にしそうだな。
右腕を突き出して超能力を仕掛ける。林先輩の動きが突然ゆっくりと遅くなり、僕は乱れたブレザーを着直して、歩きながら彼のところへと向かう。
ほとんど停まっている彼の側頭部へ蹴りを入れる。そのまま横に吹っ飛び、驚いている顔の市道紫帆が現れた。
大きな目をさらに大きくして、両手で口元を覆いながら息を吞んでいる。
「あー……大丈夫? ケガは?」
これ以上怖がられてもしょうがないので、なるべく優しい声色で声をかける。首をかしげて視線をやると、ふと、彼女が僕を見上げ、横に倒れている林先輩を見た。
「あの人、今、遅くなって……」
「気のせいじゃない?」
食い気味に否定する。市道紫帆はゆっくりと視線を戻し、再び僕を見上げる――と思ったら、フッと俯く。
「……ものかも」
「なに?」
今なんてと訊きなおそうとしたところで、ガバッと市道紫帆が飛びついてきた。
抱き着こうとしたのか、僕が咄嗟に一歩下がったことで、空振りとなる。
だが、またすぐに迫ってきて、今度は両腕を掴まれた。
グッと力が込められる。俯いたままだった顔をあげてきた。大きな目だ。キラキラ輝く瞳に、紅潮した柔らかそうな頬。真正面からの天真爛漫な笑顔に、僕はその場から動けなくなる。
めちゃくちゃかわいい。こんな可愛い女の子が、こんな真正面で、こんな近い距離で見つめるてくるなんて、どうすればいいのだろう。
照れて固まった僕に対して、市道紫帆はさらに近づき、大きな目を輝かせて言い放った。
「私のヒーローになって!」
甲高い声が路地に響き、僕は思わず上体を引く。
いきなり何を言っているのだろうこの人は。助けたことを早くも後悔している僕に向かって、市道紫帆は一歩も引かず、「ね?」と僕の答えを急かす。
「いや、その……悪いけど、そういうのはやってないんだ」
「じゃあこれから始めて! それで! 私のヒーローになって!」
ギュウッと強い力でシャツの袖を掴まれる。なんなんだこの子、しかも思ったより力強いし。
チラッと視線をそらして後ろを見る。先ほど倒した林先輩とその取り巻きはすでにどこかへ消え去っていて、路地には僕と市道紫帆しかいなかった。
しかも今僕は彼女に捕まっている。これじゃあ逃げられない。
「いや、あのさ。きみ――」
「そうだ! 名前聞いてなかった! 名前! なんていうの!?」
「え? 水瀬、柚臣……」
「水瀬くん……柚臣くんって呼んでもいいですか! 柚臣くん!」
いきなり名前で呼んでくる市道紫帆。勢いよく聞かれたから咄嗟に答えてしまったが、これで本当に良かったのだろうか。
とにかくまずはこの拘束から抜け出さなければ――そう思ってすぐに、市道紫帆が僕から手を離し、こちらを見上げてきた。
「水瀬柚臣くん、お願いがあります」
「嫌ですけど」
「私のヒーローになって! ってなんで嫌なの!?」
クワッと目を見開いて再び詰め寄られる。
しまった。せっかく離れてくれたと思ったのに、つい勢いで返事をしてしまった。
「えっと、悪いけど僕、これから行くとこがあるんだ。大事な用だからさ、ほんと、遅刻したくないんだよ」
言いながら後ろへと下がっていく。両手を突き出して、獰猛な獣を抑えるかのように、ジリジリと下がる。
「待って! 私の、紫帆の話きいて!」
「ごめん、また今度。どっかで会ったら聞くよ。その時も、ちょっと時間ないかもだけど!」
勢いよく踵を返し、背中を向けて逃げていく。
おかしい、学年一の美少女を助けたと思ったのだが、実際はなんか変な思想の女だった。
ハイトーンの「まってぇ~」を聴きながら、僕は急いで足を動かし会場のコンチネンタルリゾートへと向かう。
あれほど行きたくなかった場所だが、今は心の底から求めていた。