「水瀬くんって紫帆と付き合ってるってほんと?」
知らない女子からの今日で3回めになる質問に、僕は机に肘をついたままガクッと項垂れて、違う違うと力なく手を振った。
コンチネンタルリゾートでの騒ぎがあって、その翌日のことだった。校門で市道紫帆に見つかるとすごい勢いで絡まれたのだ。
付き合ってる人はいるのとか、なんであんなにケンカ強かったのとか、彼女は僕のことを根掘り葉掘り訊こうとしてきた。美少女からの突然のアプローチに僕はしどろもどろになり、結局、人がいないタイミングを見計らって彼女に超能力を仕掛け、スロウになっている間にその場から走り去ったのだが――僕は彼女の積極性を甘く見ていた。
ホームルームが始まるまで僕のクラスに居座って色々訊いてきて、さらに授業と授業の間にも顔を出してはまた色々絡んできたのだ。
しかも市道紫帆は授業中も友人にずっと僕の話をしているようで、しかも絡んでくるときは隣の席の椅子を勝手に使って座り、僕の真横でやたら近い距離で話してくるので、今質問してきた女子も勘違いしたのだろう。
「えーじゃあ紫帆が言ってた不良10人を倒して助けたって話は?」
「そんなことしてないよ」
人数が2倍になってるじゃないか。
「じゃあじゃあ、ホテルでテロリストから逃げるために紫帆と一緒にバルコニーから飛び降りたっていうのは?」
「テロリストなんていないし、飛び降りてない」
どんだけ話盛ってんだ。僕は顔をひきつらせながら何度も首を横に振る。
もう少し現実味のある話の盛り方できなかったのか。まぁ、ホテルの一件に関しては正直かなり異常というか、そんなことあんのかよって感じだったけど。
結局、思ってたようなリアクションを得られなかったのか、知らない女子は「えーそうなんだー」とか適当なことを言いながら僕の前から去って行った。
ようやく1人になり、僕は溜息を吐きながら背もたれに寄りかかる。
なにが困るって、あんな綺麗な女の子に所かまわず纏わりつかれているということだ。平穏な日常を望む僕にとって、市道紫帆の容姿は目立ちすぎる。派手めな顔の話を言っているわけではない。
そりゃ僕だって男なのだから、あんな綺麗な女の子に迫られたら悪い気はしない。勘違いもしてしまうだろう。でも、それはあくまでも健全な恋愛においての話だ。
彼女が僕へと迫る理由、なんだかとてもピュアとは思えない。
『やっぱり、柚臣くんは私のヒーローだよ! 私の運命のヒーロー』
あのとき、ホテルのバルコニーでの市道紫帆の言葉が頭の中に浮かび上がる。
思えば彼女は林先輩から助けたときも同じようなことを言っていた――ヒーローになってほしい。
いったい何の話なのだろうか。やはり僕の超能力のことなのだろうか。あれを目の前で見て、なにか感じ入るものがあったのかもしれない。
自分が男にモテるからボディガードでもしてくれってことか。冗談じゃない。厄介ごとに巻き込まれてたまるものか。
今度やってきたら僕に構うなってガツンと言ってやらなきゃ。
チラッと壁に掛けられた時計を見上げる。もうまもなく次の授業が始まろうとしていた。