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2ー3

 僕には『力』がある。それはなにも超能力のみではなく、もっと全体的な能力の話だ。

 対象の動きを限りなく遅くさせる超能力に加え、幼いころから運動神経は人並み以上に優れていた。力もあったし体力もあった。さらに、そんな僕の才能を見抜いた秘書の相浦さんが護身術とは名ばかりの格闘術を教え込まれた。

 ゆえに、僕は幼いころから誰かに負けたことなんてない。いや、格闘術を教えてくれた相浦さんにはいまだに勝てないけど、でもそれは超能力を使わなければの話だ。

 だから僕は、僕の『力』で人を助けることができる。

 実際、これまでの人生で何回か人助けをしてきた。市道紫帆もそのうちの1人だ。

 でもそれは、困っている人を能動的に探し、助けてきたというわけではない。

 たまたまその場に居合わせたから、僕に助けられる力があるから、助けただけなのだ。

 やれることをしたというだけの話。決して、ヒーローになりたかったわけじゃない。

 どう頑張ったって、僕1人の力には限界がある。誰もかれも助けられるわけじゃないし、そんなつもりもない。助けられるのは目の前の誰かだけ。

 でもヒーローになったら、きっとそんなこと言ってられないだろう。誰もかれも、助けなければならない。

 それがヒーローだ。少なくとも僕はそう思っている。

 まぁ、市道紫帆がどう思っているかは知らないが、彼女の都合のいい妄想に付き合えるわけがない。

 明日から絡まれないといいけど。最後に見た彼女の顔を思い出しながら、僕は家のドアを開けた。

「ただいま」

 誰もいないだろうけど、とりあえず挨拶をする。

 靴を脱いで玄関からあがり――高い革靴とハイヒールが並んで揃っているのを見て、顔をあげた。

「おかえりなさい、坊っちゃん」

 リビングへのドアがスライドし、秘書である相浦さんが現れる。

 この時間家にいるなんて珍しい。相浦さんも、もう1人も。

「……坊っちゃんって言わないでよ」

「今日はお早いお帰りで。なにかあったんですか?」

「いや別に……ていうか、相浦さんこそなんで……」

 会話をしながら靴を揃え、リビングに入る。

「あぁ、柚臣。帰ったのか、おかえり」

 30畳はあるリビングの中央、L字型のソファに父がいた。昼過ぎから父がいるという光景に珍しさを感じ「……ただいま」と呆けた調子で返す。

「なに、どうしたの2人とも。珍しいじゃんこんな時間に」

「少し時間が空いたからな。家に寄っただけだよ」

「いただいたワインをセラーに運びに来ただけなんですけどね。誠治さんが一緒にって仰って。帰ってきたのはついさっきなんですよ」

 穏やかに微笑みながら、相浦さんが緩衝材に包まれたワインを取りだし、ダイニングキッチンのさらに奥にあるウォークインセラーへと向かう。

「柚臣、お前こそ珍しいんじゃないか? まだ午後の授業の時間だろ?」

 父が足を組みながら小首をかしげ僕に訊いてくる。

 どう答えたものか。サボったことを怒るような父だとは思わないけど、かといって馬鹿正直にサボったなんて言うわけにもいかない。

 気まずい顔で「えーっと……」なんて言葉を濁していると、父はフッと笑った。

「まぁいいさ、普段の勉強ができてれば。その点は心配していないしな。それより柚臣、お前市道さんの娘さんとはあれからどうなんだ?」

 学校サボったことを追及されなくて良かったと思った矢先にこれだ。

 息子の恋愛事情――少なくとも父はそう勘違いしている――を聞き出すのがよっぽど楽しいらしく、父はさっきまで足を組んで座っていたのに、今や両肘を両膝に置いて前のめりになっている。

「別にどうもこうもないよ。なにもない」

「なにもないってお前、あんな大勢の前でキスまでして。いやぁ、さすが私の息子。私も若いころはあんなふうに情熱的なキスをしたりされたりしてだな」

「聞きたくない。ていうかわけわかんないよ。これまで話したこともない奴なのに、どうして好きになれるんだか」

 本当は知ってる。市道紫帆はただ自分が好きなコミックブックのヒロインになりたいだけだ。僕のことが好きなんかじゃない。僕が好きな自分が好きなだけ。

「ちゃんとわけを聞いてみたのか?」

 ぶっきらぼうに吐き捨てる僕に対して、父はいつも通り精悍な顔つきで引き留めてきた。

 ムッとして思わず父を睨むが、当然ながら少しも動じない。それどころか、余裕の表情を見せてフッと短く笑う。

「あんな人前で、しかも自分の親がいる前でお前にキスをしたんだ。一目惚れとか、気まぐれとか、そんなことじゃなくて、ちゃんとした理由があるはずだよ。理性を持って、あの子はお前にキスをした。なぜそうしたのか、お前はそれを、ちゃんと知っておくべきだ」

「……なんで僕が向こうに気を遣わなきゃいけないんだよ」

「それがいい男のつとめだからだ」

「僕は別に、父さんみたいになりたいわけじゃない」

 苛立ちを隠そうともせず、リビングを出ていく。

 階段を上り、自分の部屋のドアを開けて勢いよく閉める。壁に取り付けられたパネルを叩くように押して部屋にカギをかける。

 通学用のリュックを床へ放り投げて、ブレザーも脱ぎ捨てて、ベッドへと倒れ込む。

 柔らかい、フカフカのベッド。週に1回、相浦さんが干してくれている。

 日はまだ高く、穏やかな気候だ。こういう日常がずっと続けばいいのに。

 ゆっくりと沈んでいく意識の中で市道紫帆の笑顔が浮かび上がる。

 あの笑顔は敵だ。僕が望む平穏な日常を吹き飛ばす。

 忘れなきゃいけない――心からそう思っているはずなのに、彼女のあの笑顔が、恥ずかしそうにはにかむあの顔が、そしてなによりあのときのキスの感触が、いまだに消えてなくならなかった。

 もしも市道紫帆の言う通り僕がヒーローになって、彼女がヒロインになるとしたら、当然、キスだってするわけだし、デートもするだろうし、彼女を守って戦うみたいなこともするだろう。

 そして、全部終わってボロボロになって帰ってきたヒーローをヒロインが見つけて、手当をしていると目が合って――

「あーもうっ、なに考えてるんだ僕は……」

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