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2-4

 またこの前みたいに付き纏われても面倒なので、昼休みになると僕は彼女に見つかる前に身を隠すことにした。

 どうして僕が逃げなければいけないのか、そこはかとなく不満なのだが、まぁ言ってもしょうがないだろう。

 とはいえ、学校という閉鎖的な場所では隠れるところなんてそれほどない。大抵の特別教室は誰かが使っているし、ほかの教室に行くわけにもいかない。それに僕はまだ1年生なので、あまり上級生がいる階層をウロウロすることもできない。絡まれるのも面倒だし。

 さて、どうしたものか。エントランスホールの2階で壁に寄りかかりながらついさっき買った紙パックのジュースを飲む。

 あまりひとつの場所に留まるのも良くないだろうし。どこかにいい隠れ場所はないだろうか。

「1年生、ひとりでなにしてんの?」

 ちょうどジュースを飲み終えたところで、知らない女子が話しかけてきた。

 後ろには男を2人連れていて、僕を見てにやにやと笑っている。

 知らない生徒に絡まれてしまった。しかも女子のブラウスのストライプの色や、男子のネクタイの色を見るに上級生だ。

「別に、なんもしてないっすよ」

 とりあえず、適当に返事をする。目を合わせることなく簡単に言うと、女子は「なにそれー」とか言いながらさらに近づいてくる。

 こいつらなんなんだ。いったい何が目的で僕に絡んできたんだ。

「お前市道紫帆の男でしょ? かわいい彼女と一緒じゃないの?」

 女子の言葉に僕はぴくっと反応する。市道紫帆、今この女は市道紫帆って言ったのか。

 1年生だけじゃなく上級生にも知れ渡っているなんて、なるほど彼女は僕が思っているよりもずっと知名度があるらしい。

「僕は市道紫帆とは関係ないですよ。知り合いでもなんでもない」

「はぁ? じゃあなんで智樹のことボコったの?」

「智樹?」

 突然出てきた名前に僕は怪訝な表情を浮かべる。ボコったって誰を。その智樹ってやつを僕がやったっていうのか。

「林だよ、林智樹」

「お前が俺達のダチに手ぇ出したんだろうが」

 それまでずっと黙って控えていた男子2人がずいっと出てくる。

 しかし困った。こいつらのダチなんて知らないし、林智樹なんて名前を出されても――

「あぁ、林先輩のこと?」

「さっきからそう言ってんじゃん!」

 耳障りな金切り声が響く。やれやれ、思ってたよりも面倒なのに絡まれてしまったみたいだ。

 察するにこの人達は市道紫帆に迫っていた林先輩のお友達というやつだろう。

 この広い校舎でわざわざ僕を見つけて絡んでくるなんて、達想いなのか、執念深いのか、それとも、よっぽど暇なのか。

「智樹のやつあれから学校来てねぇんだぞ」

「どう責任取るつもりだ?」

 肩を怒らせながら男子2人が迫る。この前男4人がかりでもダメだったというのに、2人でどうにかなると思っているのだろうか。いやまぁ、彼らはきっと、友達のためならたとえやられると分かっていても立ち向かうのだ。

 美しい友情だ。ガン飛ばしてくる男子2人を見ながら、すぐ動けるよう足に力を込める。

 どっちが先に仕掛けてくるか。校内でもめ事なんてまっぴらごめんだが、降りかかる火の粉は払わなければならない。

「はいストップ。待って待って」

 一触即発の空気の中、また新たに女性の声が聴こえてきた。

 全員声が聴こえてきた方を見る。エレベーターホール近くの通路。そこには、うちの制服を着た女子がいた。絡んできた女子と同じ色のストライプのブラウス。彼女もまた上級生だ。

 すっきりとした細い手足に、肩口で綺麗に切り揃えられた艶のある黒髪のボブカット。飲み込まれそうなほどの目力がある大きな瞳に、少しこけた頬。綺麗な人ではあるが、どこか危うい感じもする。

 なんだか嫌な予感がする。目の前の男子2人よりも新たに現れた先輩女子を警戒していると、彼女が僕と目を合わせにっこりと笑った。

「教室に戻って。ね? おねがい」

 ゆっくりと、まるで小さな子供へ言い聞かせるように先輩女子が男子2人に語りかける。

 ポンポンと手で男子2人と女子の二の腕を叩く。すると、3人から出ていた剣呑な雰囲気がふわっと霧散した。

「……あぁ、分かったよ。戻るよ」

 男子の1人が頷くと、もう1人の男子も、中心にいた女子も同じく「戻る」と言ってエレベーターホールへと向かっていく。

 1分もかからず、エントランスホールの2階には僕と謎の先輩女子の2人だけになった。

「助かりました……って言いたいところですけど、その、何者なんですか?」

 得体のしれない先輩女子へ率直に訊ねる。

 しかし彼女はなにも答えず、クスっと微笑んでエレベーターホールとは反対側にある階段へと向かう。

 なんなんだ一体。変な女に絡まれるのは1人で十分だっていうのに。

「あ、あの! なんで僕を――」

「市道紫帆ちゃんに付きまとわれてるんだよね? 水瀬柚臣くん?」

 階段の途中で、僕の言葉を遮って、謎の先輩女子が身を屈めて覗き込んでくる。

 僕の名前を知っている。学校でも評判の美少女である市道紫帆のことはともかく、上級生が僕のことまで知っているなんて、どうにもおかしい。

 いきなり名前を呼ばれ、困惑する僕を見て、謎の先輩女子がふわっとその場から跳んだ。

 スカートがひらりと揺れて、白くて細い脚が覗く。だけどすぐに隠れ、そして彼女は軽やかな足取りで僕の前まで来た。

「旧校舎4階の視聴覚室。今はもう誰も使ってないから。そこなら、誰も来ないよ」

 ギラギラと強い輝きを放つ瞳に囚われていると、潤いのある唇から言葉が放たれる。

 この謎の先輩女子は一体何の話をしているのだろうか。

 旧校舎とか、誰も来ないとか、そもそもどうして僕が市道紫帆に付きまとわれて、1人になれる場所を探してるって知ってんだ。

 とにかく、なにからなにまで怪しすぎる。いや、待てよ。市道紫帆の知り合いだとしたら全部説明がつく。僕のあれこれを知っていたとしてもおかしくはないだろう。

 だとしたら敵なのか。色々考え込んだところで――昼休み終了を告げる予鈴が鳴った。

 ハッとして意識を前に引き戻す。しかし、さっきまで僕の目の前にいた謎の先輩女子はいつの間にかいなくなっていた。慌ててキョロキョロと首を動かすが、どこにもいない。

「マジでなんだったんだあの人……なんだっけ、旧校舎4階の、視聴覚室?」

 1人になったところでため息を吐く。

 あと5分で午後の授業が始まる。僕は階段を下りてエントランスから出ることにした。

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