やっぱり話に乗らなきゃよかった。
本能による自分の判断を早速後悔している。
なんで、ヒーローになることを受け入れたんだ。
なんで、市道紫帆を疑ったんだ。別にそんな、気にすることなかったじゃないか。
なんで、僕は学校でパンツ一丁にされているんだ。
「ひゃぁっ、柚臣くんすごっ! しゅごいよぉっ! 脱いじゃダメぇっ!」
昼休み、誰も使っていない旧校舎の視聴覚室で、市道紫帆が甲高い声をあげる。
大変興奮されているようで、手で顔を覆いながら僕の身体を凝視している。いや脱げって言ったのそっちだろ。指の間から目ぇ飛び出てるし。
そう、僕は今パンツ一丁になっている。なっているが、決して進んでそうなったわけじゃない。そうしてくれと懇願されたからだ。
市道紫帆の『お願い』を聞き入れ、僕は期間限定ではあるが、ヒーローをやることになった。困っている人を助ける存在となり、街中を駆け回る。
そこまでは良かったのだが、彼女が次に要求してきたのはヒーローとしてのスーツだった。彼女が好きなコミックブックのヒーロー『ホーネット』も特殊なヒーロースーツを着て、顔を隠して活動しているのだから、僕にもそれ用のものが必要らしい。
そして市道紫帆はそのスーツを幼いころから妄想していたようで、それを実現させるためだけに裁縫教室に通っていたこともあったそうだ。ものすごい努力というか、執念というか。
一度彼女の話に乗った以上、それを断るわけにもいかないだろう。つまりそういうことで、今僕はスーツの採寸のため、パンツ一丁になっている。なっているのだが――
「いやあの、測るならさっさと測ってほしいんだけど」
「分かってる! 分かってるの! 今測るから……うひゃぁっ!」
「なんなんだよ」
早く測ってくれよ。市道紫帆はメジャーを持ったまま顔を真っ赤にして叫ぶ。
チラッと僕を見ては「ひぃ~」と言って顔を背け、と思ったらまたゆっくりと僕を見てすぐに「にゃあぁ~ん」と言って離れる。
なんか、キャラ違くないか。
「あの、もう服着てもいい?」
「だめ! だめだめ! もっと見た、じゃなくて! ちゃんと測んなきゃだから!」
「……じゃあさっさとしてくれ。いつまでも悶えられてばっかじゃ困るんだが」
ずいっと一歩近づいてみる。市道紫帆はビクッとしながらもおずおずとにじり寄り、鼻息を荒くしながらメジャーを伸ばす。
「は、測るよ? 測っちゃうよ?」
ギンギンの目で彼女が迫ってくる。マジでこの前楽しそうに恥ずかしそうにデートをしていた子とは思えない。いつの間に人が変わったのだろう。
「へ、へへへっ、いいカラダしてるじゃねぇかあんちゃん……こ、この胸板でヒーローはムリでしょ……へへへっ」
「お前がやれって言ったんだろ」
どうなってるんだ。マジで全然キャラ違うじゃん。今のところヒーロー好きの変態だぞ。
逃げる準備をするべきだろうか。チラッと視聴覚室の出入口に視線をやる。
「じゃあ次は背中側を……さ、触りまーす」
「せめて測ってくれ」
様子のおかしい市道紫帆が後ろに回る。女の子の吐息が素肌に触れているというのに、こんなに不気味なことってあるんだな。
大体、前を測るだけでよくないか。そりゃ細かいところまで見る必要はあるかもしれないけど。
まぁあと少しの辛抱だ――天井を見上げて息を吐き、肩の力を抜いたところでもぎゅっと思いっきり尻を揉まれた。
「おい! 尻を揉む必要はないだろ!」
「ひ、必要だよ!? スーツをフィットさせるためにはお尻の形を把握してなきゃいけないから」
「本当か!? 今の揉み方は採寸っていうか暴走って感じだったぞ!?」
「と、とんでもない! 紫帆はしっかり理性を働かせてお尻を揉みました! 素晴らしいプリティヒップです!」
「理性が働いてるやつはこんな揉み方しないだろ!」
叫びながらバッと離れると、市道紫帆は空中で手を揉み揉みしながら「あぁん……」と寂しそうな声を出した。理性が働いてるやつの目じゃない。
「もういいだろ、充分楽しんだみたいだし」
吐き捨てるように言って、ズボンを穿く。
くそっ、やっぱり話に乗るべきじゃなかった。とんだセクハラ女じゃないか。
ベルトを締めながら市道紫帆を見ると、彼女は手をワキワキと動かしながら僕を見てえへへっと笑いかけてきた。
「あのね、柚臣くん。す、スーツは体型に合わせたものだから、今後も定期的に採寸することになるんだけど、その……いいかな?」
「いや、大丈夫。僕もうこれ以上成長しないから」
「そ、そんなぁ……いやでも! 採寸だよ!? 採寸するだけだよ!? 少しカラダを測るだけだよ!?」
涙目で訴えてくる市道紫帆。僕はそんな彼女を冷めた目で見下ろし、シャツを着た。