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3-5

 ガサゴソと部屋を漁る音が聴こえてくる。てっきりパーテーションの向こうは家族の部屋だと思っていたが、ただの衣裳部屋なのだろうか。いや、だとしても仕切る意味がない気がする。

 見えないとなるとなんだか気になってくる。ヘルメットをトントンと叩きながら待っていると、再びパタパタと足音が聴こえ、市道紫帆が戻ってきた。

「じゃーん、こういうのはどう?」

 彼女が両手で広げて見せてきたのはずいぶん大きなサイズの布――いや、違う。布みたいに見えるけど、よく見るとちゃんと首にかけられるようになっている。

 つまるところ、マントだろうか。いや、それにしては布の部分が多いというか、ちょっと形が違うような気がする。なんといったか、ああいうの――

「これはね、防刃素材を使って編んだポンチョなの。私のオリジナル!」

 ポンチョを持ったままどや顔をする市道紫帆。ポンチョ、確かそんな名前だった。

 彼女が持ってきたポンチョはアウトドアで使うような温かみのあるデザインではなく、それこそ外套とかレインコートとして使うようなシンプルなデザインのものだった。スーツと同じ色のネイビーブルーで白いラインが入っている。

 これがあればシルエットも変わってくるだろうし、いくらかマシになるはずだ。

「ねっ、これ着てみない? 柚臣くん絶対似合うと思う」

 興奮した様子で市道紫帆が迫ってくる。これ以上彼女のおもちゃにされたくはないが、とはいえなにかないかと言ったのは僕の方だ。ここは着るしかないだろう。

 僕はヘルメットを置いて立ち上がり、彼女からポンチョを受け取った。

「これ、普通に肩かけるだけでいいの?」

「うん、まずは肩にかけてもらって、そこから前止めて……」

 市道紫帆に補助してもらいながらポンチョを羽織る。まず首に通して、前の布の部分を合わせて裏地にあるダッフルボタンで固定する。

「うん、これでオッケー。ふふっ、すごい似合ってるよ柚臣くん。かっこいい」

 嬉しそうに笑いながら市道紫帆がポンチョを撫でる。今は制服の上から着ているが、実際に着るとしたらスーツを着たときだ。今は似合っていてもスーツと合わせるとまた違うかもしれない。

「ねぇねぇ、ヘルメットも。これもかぶってみて」

 市道紫帆がヘルメットを差し出してくる。特に断る理由もないのでひとまず受け取り、ゆっくりとかぶる。

 真っ暗だ。バイザーのせいで何も見えない。

「バイザーの部分を軽く叩いてみて」

 ヘルメットの外側から彼女の声が聴こえる。言われた通りコンコンと指で叩くと、ブウゥンと唸るような音が聴こえ、視界が明るくなっていく。

 目の前に、市道紫帆の顔があった。

「うわっ!」

 突然の至近距離に思わず叫ぶ。慌てて後ろへ下がった拍子にバランスを崩し――ドサッと倒れ込んだ。

「いってぇ……」

「わっ、大丈夫? 柚臣くん?」

 市道紫帆が慌てて僕の上にくる。膝を立てて倒れている僕に対して、彼女は僕の腕とヘルメットに触れながら、ぴたりと密着してくる。

 バイザー越しに、彼女を見つめる。彼女もまた、大きな目で僕を覗き込み、なにか言いたそうに唇を閉じて、また少し開く。

 彼女の細い指が、ヘルメットのバイザーをなぞる。右頬に優しく触れるようなその動きに、バイザーが反応して開いた。

 彼女の、市道紫帆の顔が目の前にある。潤んだ瞳が、憂いを帯びたまなざしが、僕を捉えて離さない。

 今すぐ彼女の肩を押して、立ち上がらなければ。そう、思っているはずなのに、僕の身体は動かなくて、それどころか、床におろしている左手で彼女の右手を掴んでいた。

 細い指が絡まり、柔らかい感触が伝わってくる。そっと手を握ると、彼女もまた微かな力で握り返してくる。

「柚臣くん」

 僕の名前を呼んだ市道紫帆が、ゆっくりと顔を近づけてきた。

 ふるふると震える長いまつげと潤いのある唇。近づいてくるそれから目が離せない。

 あのときと同じ。ホテルで彼女を助けたときと同じ。彼女の唇が僕の唇に触れる――その前に、ゴツっとヘルメットが額にぶつかった。

 目を丸くする市道紫帆。なかったことにするつもりなのか、気を取り直して少しだけ引いて、再び目を瞑る。

「んぅ……」

 か細い声で鳴いて近づくが、またもやゴツっとヘルメットが額にぶつかり、寸前で止まった。

 強制的なキスの取りやめに市道紫帆は目を見開いてプルプルと震える。この人は一体なにをやっているんだ。

「このヘルメットやだ! キスできないんですけど!」

「いや、その……危うく流されそうになったけど全然キスする雰囲気じゃなかっただろ」

「もう少しでキスからの押し倒しでガン攻めできたのに!」

「なんて素直で邪な女だ」

 自分の欲望に対して正直すぎるし行動も速すぎる。

 もはや食傷気味な彼女の攻めに僕ははぁっと溜息を吐き、ヘルメットを外す。

「柚臣くん、やっぱりこっちのマスクにしない? ヘルメットも便利だけど、持ち運びできないし」

「今の流れを見てそうしようって言うわけないだろ。このヘルメットで行くよ」

「しょ、しょんにゃぁ……紫帆のマスク下半分ずらしてチュー作戦が……」

「分かりやすい作戦だな」

 あまりにも直球な作戦名に僕は肩を竦める。

 とりあえず用事も済んだことだし、さっさと退散しよう。これ以上ここにいたらいつ彼女に仕掛けられるか分かったもんじゃない。

 身の安全の確保のためひとまず立ち上がったところで、部屋の外からガチャッとドアが開く音が聴こえてきた。

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