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3-9

 生憎僕の超能力では空を飛ぶことはできないし、高速移動も瞬間移動もできない。

 よって移動は徒歩。ただひたすら走るだけ。

 しかし普通に走っていたらいつまでたっても現場につかないのでここは以前使った手を、いや、足を使うことにする。

 ガードレールを足場に跳躍し、そこから街路樹の枝を掴んで体をしならせて跳ぶ。近くのバス停の屋根の縁を掴んで、その勢いのまま屋根の上へ登った。

 道路に視線をやると、ちょうど近くをバスが通過する。

 あれに乗ろう。タイミングを合わせてバスの上に飛び乗り、さらにバスを抜かそうとするトラックへ狙いを定めた。

 思いっきり走ってバスの屋根を蹴って跳ぶ。前を走るトラックの荷台部分に着地し、前方からの風に危うくバランスを崩しそうになる。

「うぉっ!」

 片膝をついてどうにか踏ん張る。ポンチョをたなびかせながらどうにか前を向くと、すでに信号器が赤に変わろうとしていた。

 ここで止まるのは困る。スッと右手をかざし、今まさしく青から赤へと変わる信号機に超能力を仕掛けた。

 信号機の動きがスロウになる。トラックは止まることなく夜の街を進む。

 前方に十字路が見えてきた。ここを左に曲がればおそらく事件現場であろう駅前だ。

 だがこのトラックが曲がってくれるか分からない。ならば確実に駅前へ行くであろう車両を見つけるしかない。

 視界の端にさっきとはまた違うバスが入り込んできた。乗客の何人かはトラックの上に乗っている僕に気付いたようで、驚いた顔をしながらスマホを向けていた。

 見知らぬ人間からの視線を無視して、僕は角を曲がる寸前でトラックから隣のバスへと跳び移る。

 ダダンッと音が鳴って車体が揺れる。下からどよめきが聴こえながらも、バスが進んでいく。

 やがてバスは十字路を曲がり、駅前へと入っていく。駅の入り口は非常線が張られているようで、大勢の警官や車両が道を塞いでいる。

 少し面倒だがあそこを行くしかない。バスがロータリーに入ったところで、勢いよく飛び降りた。

 駅前の横断歩道に着地する。通り魔騒ぎに加えて謎の男の登場だ。周囲のざわめきはさらに激しくなっていき、みんなが僕から距離をとる。

「なにあれ、コスプレ?」

「警察の人じゃね?」

「全身タイツ穿いてるけど?」

「マントもつけてるし、ヒーローじゃない?」

「犯人でしょ」

「動画撮って動画。絶対バズるって!」

 周囲の雑音をシャットアウトし、グッと地面を押すようにして立ち上がる。周りにいる人たちはみんな好き勝手言いながら遠巻きに動画とか写真を撮っている。今はそっちの方が好都合だ。変に絡まれるよりはいい。

 とにかくすぐにでも駅へ入らなければならない。誰かに捕まる前に駆け出す。

「……なんだ? おい待てっ! 止まりなさい!」

 警官の1人が僕に気付いて叫ぶ。そりゃそうだ。ただでさえ緊迫している状況だというのに、突然フルフェイスヘルメットの正体不明の男が現れたら止めなきゃいけないと思うだろう。

「止まりなさい!」

 さらにもう1人、警官が僕に向かって呼びかける。だがここで止まってはいられない。むしろ一気にスピードを上げていく。

「今ここは進入禁止で――」

 言い切るよりも前に、僕は超能力を使った。

 両手を前に突き出して、僕を止めようとした2人の警官に仕掛ける。

 2人の警官の身体がブレる。限りなく緩慢な動きで警棒を取り出そうとしていて、その光景を見ていた他の警官達が目を丸くして固まっていた。

 今のうちに通り過ぎる。驚いている警官の近くまできて、勢いよく地面を蹴る。

 身体が宙に浮き、警官の頭を跳び越える。駅に入り、そのまま地下へと続くエスカレーターの手すりを利用して滑り落ちていく。

 地下の駅構内が見えてくる。目の前の改札をジャンプで飛び越える。

 階段近くで警察がなにかを囲むように並んでいる。その後ろ側、つまり僕の手前側にはスーツ姿の男性と女性がいた。

 見覚えのある後姿。どっからどうみても市道紫帆の母親だ。

「バレませんように……」

 ヘルメットの中でぼそっと呟いて進む。

 彼女の部下らしき警官が僕の存在に気付いたのか、そもそも無線が飛んでいたのか、何人かが僕の方を見て不可思議な表情をする。

 そしてその奥、階段付近で警官に囲まれている男はシャツとカーゴパンツというラフな格好で、明らかにサイズが合っていないリュックサックを背負っていた。

 アレが犯人だろうか。僕はグッと足に力をも込めて蹴とばすように飛び出す。

「マル対確認! 確保しろ!」

 残っていた警官が僕に向かってくる。4人だ。超能力で足止めしようとすればできるけど、力はできるだけ温存しておきたい。

 回避するしかない。そのまま減速することなく壁際を進み、警官との距離を測る。

「止まれ!」

 警官の1人が叫ぶ。相手の手が伸びてくるよりも前に、僕は壁に向かって跳んだ。

 ドラマの番宣ポスターが貼られた壁を踏みつけて走る。

 そのまま警官の後ろへ回ったら壁を蹴って跳び、天井付近に張り巡らされたパイプを掴む。

 勢いを保持したまま身体をしならせて跳び、今度は駅構内にあるフードトラック風の売店の壁を走り抜ける。

 2つの壁を走り抜け、犯人を取り囲んでいる場所へと一気に近づく。輪の中にいる犯人もようやく僕という存在に気付いた。

 もう少しだ。目の前にある警官達が僕に気付き、止めようと近づいてくる。

 1人の警官が1歩2歩と近づき、3歩めになった瞬間僕を抑え込もうと飛び込んできた。

 同時に動き出す他の警官達。僕は一番前にいる警官へ、右手を突き出して超能力を仕掛ける。

 身体が宙に浮いた状態でゆっくりと動きが遅くなる警官。そこへ後ろからやってきた警官達がぶつかり、フォーメーションが崩れていく。

 今しかない。場が乱れた隙をついて、包囲網を潜り抜ける。

 ようやく通り魔の男の前に現れると、彼は右手にスプレー缶のようなものを握り締め、僕を睨んできた。

「なんなんだ、なんなんだよお前。いきなり出てきてなんなんだよお前!」

 通り魔の男が額に汗を流しながら叫ぶ。

 しかし残念ながら僕は今喋れない。正体がバレるのを防ぐためには黙っているほかない。

ゆえに向こうのお喋りに付き合ってる暇はない。僕は叫びながらも怯えている様子の男へ、ゆっくりと近づく。

「くっ、くそっ! 来るなぁ――」

 男がスプレー缶を振りかぶる。

 その瞬間、僕はすぐさま右手を突き出して男の動きをスロウにした。

 通り魔の男の動きがゆっくりと、限りなく遅くなる。

 まずはあの缶を奪う。物体や物質、現象をスロウにできても、なかったことにできるわけじゃない。もしあの中になんらかの危険な化学薬品が入っていた場合、少しでも漏れたらアウトだ。

 通り魔の男の手からスプレー缶を奪い取り、その場で足を振って回し蹴りをたたき込む。

 蹴りのインパクトが伝わると共に、スロウになっていた男の身体が元の時間を取り戻す。

 階段とは逆方向に吹き飛び、通り魔の男が警官の前に倒れ込む。男はすかさず取り押さえられ、駅構内に静寂が訪れた。

「待ちなさい」

 やりたいことはやったしここらで退散しよう。そう思ったところで、警官達の後ろから女性の声が聴こえてきた。

 市道紫帆の母親である市道芙美香さんだ。スプレー缶を持っている僕をジッと睨み、部下らしき警官や刑事と共にジリジリと近づいてくる。

 僕は敵じゃないということをアピールするためにも、ここは大人しく退散したほうがいいだろう。僕は足元にスプレー缶をそっと置いて、そのまま階段の手すりに飛び乗って滑り降りた。

「待ちなさい!」

 後ろから怒号が聴こえる。僕は止まることなく手すりを滑り、ホームに着いたところで再び走り出す。

 走りながら後ろを確認すると警官達が僕を追ってきている。このままじゃ捕まるのも時間の問題だ。

 前を向いて視線を巡らせる。走りながらホームから飛び降りて、線路の上を走る。

 硬い地面をカツカツと音を立てながら走り、暗闇へと入っていく。幸いこのヘルメットにはLEDライトがついているから前が見えなくなるということはない。

 しばらく線路の上を走っていると、緑と白の掲示灯を見つけた。おそらく地上へつながる非常口だろう。後ろに人がいないことを確認し、非常口へと進む。

 ドアを開けて中に入り、すぐに閉めて壁に寄りかかる。右頬のあたりのバイザーを指で軽く叩き、バイザーを全開にする。地下の淀んだ空気が入ってきて、僕は顔をしかめながらも大きく息を吐いた。

「……なんとかなったかな」

 ぼんやりと光る天井の蛍光灯を眺めながら呟く。通り魔の男とあのスプレー缶は警察がなんとかしてくれるだろう。

 問題は、僕の正体がバレていないかだ。一言も喋ってないから大丈夫だと思うが、どうにも不安は尽きない。

「戻らなきゃ」

 グッと壁から身体を離し、おそらく地上に繋がっているであろう階段を上っていく。

 どうせなら、もっと楽に移動できる超能力がほしかったところだ。

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