僕がヒーローとして活躍した動画はSNS上であっという間に広がり、様々な動画サイトで転載されまくった。
警官に対して超能力を使っているところも撮られていて、それに対するなにかトリックがあるんじゃないのだろうかという考察動画や、そもそもこいつは誰なんだという話題も浮上し、ネット上はまぁまぁの騒ぎだ。
とはいえ、都心に近い港湾都市とはいえ、常に事件が発生しているわけではない。
謎のヒーローとしての出番はしばらくお預けだろう――そう、思っていたのだが。
『ターゲットは4人。近くにはグレーのバンが停まってて今まさに逃げようとしてる』
ヘルメットに内蔵された無線機から市道紫帆の声が聴こえてくる。ついこの間拡張してもらった機能のひとつだ。
休日の昼間、市内の宝石店には情報通り4人組の覆面をかぶった男達がいる。
優雅にお買い物しているようには見えない。ヘルメットのバイザーを叩いて望遠モードから通常モードに戻した。
「確認した。すぐに突入する」
簡潔に応え、僕は今の場所――宝石店の向かいにあるビルの非常階段――から動き出す。
階段の手すりから地上へ、勢いよく蹴って飛び降りる。
歩道に着地すると、通行人が驚いて止まる。彼らに声をかけられるよりも前に僕は一気に駆け出した。
車が行き交う道路をなんの躊躇いもなく横断する。スーツとヘルメット、そしてポンチョを羽織った謎の男の登場に通行人は驚いて足を止めるが、車はそうもいかない。
突如現れた僕に対して運転手がクラクションを鳴らす。無惨に轢かれるより前に、跳躍して向こう側に辿り着いた。
「うわぁっ! なんだこいつ!」
宝石店の入り口で見張っていた男が僕を見て叫び声をあげる。長袖長ズボンに目出し帽。お前だってほとんど変わんないじゃないか。
慌てて武器代わりの工具を構える見張りの男。彼に対して僕は無言で右手を向けて超能力を仕掛ける。
グンッと空間が歪み、見張りの男の輪郭がブレる。スロウになったところで僕は正面から蹴りを入れた。
見張りの男が勢いよく吹っ飛ぶ。
店員を脅していた男達が一斉に振り返り、そして僕を見る。
ものの見事に全員目出し帽をかぶっていた。僕は彼らの動向を窺いながらも、普通に歩いて店内へ入った。
「なんだこいつ!」
「おいこいつは!」
「もういい! 早く逃げるぞ!」
3人のうち1人が逃げようと動き出す。
当然逃がすわけがない。裏口へ行こうと逃げ出した男へ超能力を仕掛け、足止めをする。
そしてそれを見て、仲間の2人は呆然とする。だが、1人はハッとして右手に持っていた銃を突き付けてきた。
「動くな! 撃つぞ!」
銃口にグッと視線を集中させると、微かに鈍く光る金色があった。そして全体的に光沢のある黄色――僕は止まることなくそのまま距離を詰める。
「おい! 撃つぞ! 本当に――」
撃つぞという前に跳ぶ。空中で一回転しながらの回し蹴りで頭を叩き、脳を揺らす。
男がうつ伏せで倒れ、持っていた銃が店内に転がる。
あと1人。体勢を戻して最後の1人がいた場所へ視線をやるが、そこには誰もいない。
「動くな! おい動くな!」
声が聴こえた方を振り向く。強盗犯の最後の1人が店員を捕まえ、首元にナイフを突きつけていた。
「妙な動きをしたらこいつ――」
言い切る前に超能力を仕掛ける。スロウになった男へ近づいてナイフを奪い、人質にされていた女性店員を見る。
彼女は震えながらもどうにかもがき、男から逃れる。僕はまだスロウになっている男の足に横から蹴りを差し込み、転倒させた。
「ぐぁっ! なんでっ!」
突然早くなったと思ったら転倒した男の頭を掴み、ガンッと床にたたきつける。さらに男をのびている見張りの男へ投げ捨てる。
これで全部終わりだ。僕は呑気な調子で『まだスロウになっている逃げだそうとした男』の元へ歩く。
背中から腕を回して持ち上げ、同じくのびて重なった2人の元に投げ捨てた。
倒れている男達から目出し帽を奪い、素顔を晒す。パッと見た感じ若い男達だった。さすがに僕よりは年上っぽいけど。
サイレンの音が聴こえる。警察が到着したのだろう。僕はまだ意識がある逃げ出そうとした男の頭を掴み、顔を近づけた。
「判断が早かったんじゃないか? もう少し、ゆっくり考えた方がいい」
男の耳元で囁き、そのまま店内を歩いて裏口へと向かう。
「そこで止まれ! スロウ!」
スタッフルームのドアを開けたところで、拡声器越しの声が聴こえてきた。
振り向くとすでに警察が入り口にいて、僕を睨んでいる。
「ごめん、君たちが来る前に片付けたよ。えっと……少し早すぎた?」
軽口を言って、中に入る。すぐに裏口を見つけ、現場から離れた。