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4-3

「国際諜報機関『組織』のエージェント。それが私、田喜野井海美。もちろんこれも偽名だけどね」

 突如現れた謎の先輩女子こと田喜野井海美は不敵な笑みを浮かべながらそう言った。

 是善高校の2年生で、普通科にいる平々凡々な生徒。というのが本人の談なのだが――あくまでもそれは表向きの姿らしい。

 だが問題はそこじゃない。なぜ彼女が僕の正体を知っているのかということだ。

 さっきよりもずっと露骨に警戒心を露にしながら田喜野井先輩を睨んでいると、彼女は残っていたバーガー――残ってると言ってもまだ2口くらい必要なそれ――を口に詰め込んだ。

 リスみたいに口を膨らませてもぐもぐと咀嚼し、とうとうそれを呑み込む。手足も腰も、全体的にかなり細いのに、あのだいぶ大きいサイズのバーガーを全部食べ切ってしまった。

「実はゆずピのことはスロウになる前から知ってたよ。ほら」

 田喜野井先輩が少し大きいサイズのスマホを取り出して、画面を見せつけてくる。

 そこに映っていたのはコンチネンタルリゾートのバルコニーだった。

 今まさに落ちようとしている市道紫帆とそこへ駆け寄る僕。右手を伸ばして市道紫帆に超能力を仕掛け、動きがスロウになる。

「こんなのも」

 画面が切り替わり、別の動画が再生される。オフィス街でのひったくり犯との追いかけっこ。黒マスクの男が路地に追い詰められその後すぐにスロウにやられて吹っ飛ぶ。

「どこでこんなものを……」

「そういうことができるのが『組織』だからね。こういうのはバレないようにやらなきゃ」

「……目的はなんですか」

「まぁまぁ、そう怖い顔しないで。私は『組織』のエージェントとして、接触しにきただけだから」

 余裕のある表情を見せながら、田喜野井先輩がナゲットを放り込んで咀嚼しながら小首を傾げる。

 さっきからどうにも良くない。驚かされたり、考えさせられたり、操られてばっかりだ。

 ここはこっちからもアプローチを仕掛けて情報を引き出す。やられっぱなしは良くない。

「そもそもその『組織』っていうのはなんなんですか? 国際機関とか言ってましたけど、都内のどこかに日本支部のビルがあるんですか? SNSのアカウントは?」

「まっ、ざっくり言うと私たちの目的は世界的な超常現象の分析や対策、もしくは事前にその可能性を潰すこと。かな」

「世界的……それ、僕に関係あるんですか?」

「あるよ。ゆずピは超能力者でしょ。だから私達の保護対象であり、研究対象であり、監視対象」

 どんどん物騒な言葉になってきている。

 にしても超能力者を管理する秘密機関だなんて、つまるところ、僕以外にも超能力者がいるってことだ。

 俄かには信じがたい。それに世界的な超常現象なんて言われても、全く心当たりがない。

「僕の力が世界に影響を及ぼすとは思えないですけど」

「みんなそう言うよ。いや、言わないかな」

「どっちなんだ」

「両方ってこと。謙遜する人もいれば、力を誇示する人もいるってこと。あと……気付いてない人とか」

「今更ですけど僕以外にも超能力者がいるってことですか?」

「そりゃあね。君は世界中に点在するただの超能力者の1人」

 そう言って不敵に笑う田喜野井先輩。まいったな、随分と勘違いされてるみたいだ。

 僕が望むのは平穏な日常だ。超能力を使って世界を変えたいなんて、思ったことないというのに。

「ていうか、監視対象なのに接触していいんですか」

「監視は目的の半分に過ぎないからね。どう? ゆずピさえよければ、私たちの仲間になってみない? 機関に所属している超能力者は少なくないし、能力の調整だって」

「ありえないです」

 きっぱりと否定する。向こうの勝手な言い分に腹が立ってくる。

 まったく、組織ってやつはどうしてこうも善意の皮を着てエゴを押し付けてくるのか。

「自分の力を誰かに操られるつもりもない。世界中の超常現象なんて、僕に関係ないです」

「ヒーローをやってるのに?」

「ヒーローになったのは彼女のわがままに付き合った結果です」

「女の子のわがままに付き合ってヒーローになっちゃうなんて、ゆずピは紫帆ちゃんのこと大好きなんだねぇ」

 愛だねぇと付け加え、ニヤニヤと笑う田喜野井先輩。父や相浦さんと同じ揶揄うようなその視線に僕は思わずムッとしてしまう。

「そんなんじゃないですよ。ただ少し、気になるだけです。彼女は秘密主義みたいなので」

「まぁ女の子だからねぇ……私が調べてあげようか?」

 正攻法での勧誘が通じないとみるに、アプローチの仕方を変えてきたらしい。

 僕は腕を組んで少しだけ身体を引き、口角を吊り上げる。

「調べるって、なにをするつもりですか」

「そりゃこっちは諜報機関だからね。紫帆ちゃんのこと、徹底的に調べ上げて丸裸にできるんだよ?」

「そっちになんのメリットがあるんですか」

「それは色々だよ。まぁ分かりやすいので言うと、監視任務をスムーズに終わらせられるってことかな。情報は多い方がいいからね」

 市道紫帆が隠しているであろう秘密が、僕の監視に役立つのだろうか。とはいえ今考えるべきなのは向こうのことだ。終わらせられるという言葉から察するに、どうやら監視任務というのは永続的なものではないらしい。

 考えてみれば当たり前ではある。組織を名乗っている以上、活動する人員は無限ではない。監視に割ける人員も時間もリミットがあるはずだ。

推測するに一定の期間監視を行い、当面の間脅威とならないと判断されれば監視そのものがなくなるか、監視が緩くなるか。そんなとこだろう。

「……監視任務が終わればこうやって僕に接触してくるのもなくなるんですか?」

「ひとまずはね。まぁゆずピが会いたいって言うなら私もまんざらでもないけど」

「こっちは真面目な話を……」

「ひどいなぁ、世界中にいるとはいえ超能力者っていう存在は貴重なんだよ? 仲良くしたいって思うのは当然じゃない?」

「僕は実験動物じゃない」

「……たしかに。今の言い方は良くなかったね。訂正するわ」

 ごめんなさいと付け加え、田喜野井先輩が謝る。

 先ほどからずっと自由奔放な態度だっただけに、突然の謝罪に僕は内心困惑してしまう。急にどうしたというのだろう。

「でも、ゆずピに興味があるっていうのは本当。もちろん、1人の人間として、男の子としてね」

 と思ったらすぐに調子を取り戻し、僕を覗き込んでくる。

 ギラギラと妖しく輝く瞳。野心が秘められたその表情に僕は悩む。

 田喜野井海美の提案を受けるべきではない。僕にアドバンテージがあったとしても、向こうがどんなことを考えているのか、どうにも読み切れない。

 そもそも、彼女の話が全て本当なら、僕みたいな世間知らずの高校生が太刀打ちできる相手ではないのだ。なにせ向こうは日々超常現象の相手をしている秘密の国際機関のエージェントなのだから。

「まっ、紫帆ちゃんはゆずピの近くにいる人だからね、ゆずピがなんと言おうと調べ上げはするけど。もし気になったら連絡して。分かったこと、教えてあげる」

 大人っぽい笑みを浮かべ、田喜野井先輩が立ち上がる。

 空になったトレイを持ち、コツコツと足音を立てながら僕の前から去っていく。

 階段から降りるわけでもなく、なぜかスタッフルームの扉を開けて消えていった。

「……気になったら連絡してって、そっちの連絡先知らねぇよ」

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