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4-5

 ヒーローとしての活動を一旦終えて、僕は自宅のリビングでまったりとしていた。

 手元にスマホを置いてSNSをぼんやりと眺めながら、時折漫画を読み進める。

 久しぶりに訪れた普通の高校生らしい時間を享受し、肩の力を抜く。

「最近は忙しいみたいですね、坊っちゃん」

 くぁっとあくびをしたところで、キッチンから秘書の相浦さんが現れた。

 カーペットが敷かれた床に直接腰を下ろし、ローテーブルに餃子の皮とタネが入ったボウルを置く。

「坊っちゃんじゃないって。忙しいのはまぁ本当だけど」

「中学生の頃は家にこもりっぱなしだったのに。なにかあったんですか?」

 意地の悪い笑みを浮かべながら相浦さんが僕の顔を覗き込んでくる。

 相浦さんが言わせたいことなんて分かっているけど、素直に踊るのも面白くない。僕は漫画を読むふりをしながら適当に答えた。

「別に、外に出かける機会が増えただけだよ」

「だから、どうしてその機会が増えたのか聞いてるんじゃないですか。ん~? 新しいお友達でも出来たんですか?」

 タネを皮に詰めながら、せっせと餃子を作る相浦さん。僕をからかいつつも料理の準備をしているのだから本当に器用な人だ。

「友達なんていないよ。いたら今も遊んでる」

「じゃあ恋人、ですか? 可愛い女の子とか?」

 チラッと漫画から視線を外し、相浦さんを見る。楽しくってしょうがないみたいな顔で笑っているこの人を見ると、この前怒っていたのはなにかの間違いだったんじゃないかと思ってしまう。

 まぁ誰にも言えない事情があったとはいえ、こんな明るい人をあんなふうに怒らせてしまったのは誰でもない僕自身なのだが。

 僕は仕方なく漫画を閉じて肘置きに置いて、相浦さんと顔を合わせる。

 彼女が期待している話がどういうものなのか大体分かってる。適当にはぐらかして自分の部屋に逃げてもいいけど、どうせ今後も聞かれるのだ。それなら、今話しても後に話しても大して変わらないだろう。

「……不本意ながら、僕は父さんの息子なんだなって思ったよ」

 ため息交じりにそう言うと、相浦さんはニヤニヤ顔から一変し、少しだけ身を引く。

 少しだけ口を開けて、呆れが入り混じったかのような視線で僕を見てくる。

「誠治さんのって……坊っちゃん、もう相手の方を」

「違う違う! そういう意味じゃない! いや最後まで聞いてないからちゃんとは分からないけど! 多分そういう意味じゃない!」

「本当ですか? まぁでも、これからは坊っちゃんもちゃんと持っておいた方がいいですよ。隠し子騒動のときだって、誠治さんが常に持っていたし、使っていたからなんとか回避できましたけど」

「なんの話だよ! 多感な時期の高校生に聞かせる話じゃないだろ!」

 どうしていきなり自分の父の女性問題を聞かされなければならないんだ。いやまぁ初めてのことではないけれど。

「てかそうじゃなくて、もっとこう、気持ちの話だよ。結局僕も父さんと同じで、女の子のために色々してあげないと気が済まない性質みたいだ」

 だってそうじゃなきゃ、お願いされただけでヒーローをやろうとなんて思わない。いやまぁ、やっているのは色々理由があるからだけど、でもその理由の1つに、市道紫帆が喜んでくれるからというのも入っている。

 僕自身誰かのためになんて理由で動く人間じゃないって思ってたけど、実際のところはそうじゃないのかもしれない。

「んー……どうなんでしょうねぇ」

 せっせと餃子を作りながら、相浦さんが呟いた。

 思ってたのと違う反応だ。てっきり「やっぱり親子なんですねぇ」みたいな反応をされると思ったのに、なんか違う。

 予想とは違うリアクションに戸惑っているのがモロに出ていたのか、相浦さんが僕を見てクスっと笑った。

「坊っちゃんはご存じないかも知れませんけど、誠治さんは女性のために色々尽くしてるわけじゃないんですよ」

「そうかな、息子の誕生日に知らん女の人家に連れ込むような人だけど?」

「それはただ女癖が悪いだけです。いいですか? 誠治さんが女性に尽くすのは女性のためを思ってではないんです。あれはですね……全部、自分のためです」

「……えっと」

 より悪くないか。てっきりなんか、もっとこう深い理由というか、納得できる言葉が出てくると思ったのに。

 思ってもいなかった言葉に、呆気に取られてしまう。

 しかし相浦さんはそんな僕の反応に気付いていないのか、気付いた上で無視しているのか、ラップを敷いたトレイの上に作った餃子を並べながら語る。

「誠治さんは良くも悪くもご自身が一番大事な人ですからね。女性に尽くすのも最終的に自分の気持ちよさのためにやってるんですよ」

「とんでもない父親だ」

「まぁ手放しで褒めることはできないですけど、でも自分の幸せのためなら相手を幸せにすることも厭わない人ですよ。大抵の場合は相手を貶めるやり方になりがちですから」

「大抵の場合ねぇ……母さんは違ったの?」

 思わずこぼれた僕の質問に相浦さんは目を丸くする。

 こんな質問、相浦さんにするべきじゃない。訊きたいなら父に訊けばいいのだが、咄嗟に出てしまった。

 僕が幼い頃に父と離婚した母。母に関する記憶は曖昧で、楽しいことも悲しいこともすぐには思い出せないけど、なんとなく、悪い人ではなかったんだろうなという微かな『憶え』がある。

 父と母はなぜ離婚をしたのか、僕は知らない。

 知りたくないのかもしれない。離婚だなんてネガティブな話題に突っ込んで感情を乱したくないだけなのかも。

 ただ気になることには気になる。父と母はどんな関係だったのか。

 僕が少し気まずい表情で相浦さんを見ていると、彼女はフッと笑って目を伏せた。

「誠治さんの信念というか、プライドというか、今言った生き方が乱されるのは私が知っている限りでは2人だけです。お2人の前では、違う誠治さんがいるんですよ」

「それって母さんのこと? もう1人は?」

「それはもちろん、坊っちゃんですよ。誠治さんは家族の前では自分の幸せなんて二の次三の次ですから」

「……坊っちゃんって言わないでよ」

 減らず口だけしか返せなかった。

 そりゃ、父が僕を見てくれているという自覚はある。毎日会ってるわけじゃないけれど、それでも、僕のことを色々考えてくれているということだって、本当は分かっている。

 まぁそれなら、もう少し分かりやすくてもいいんじゃないかと思うけど。

「母さんってなんで父さんと別れたの? 相浦さん知ってる?」

「離婚された理由ですか? そういうのは誠治さん本人に聞いた方がいいですよ」

「いや、それは分かってるんだけど。でもさ……」

 言いながら視線が右往左往する。視界の端にスマホの画面が映り、ニュース速報の通知が浮かび上がってきた。

 普段ならスルーしていたが、その内容に思わず釘付けになった。

『K県Y市のフレンチレストランで立てこもり事件。店内の客と店員が人質か?』

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