『K県Y市のフレンチレストランで立てこもり事件。店内の客と店員が人質か?』
話を止めてスマホを拾い、タップして詳細を確認する。事件現場付近でライブ中継されている動画サイトへのURLがあり、迷わずアクセスしてみる。
「坊っちゃん? どうしたんですか? なにかありました?」
「……あぁ、いや、このニュース」
答えながらテレビをつける。地方局にチャンネルを回すとやはりこの立てこもり事件を扱っていて、同じようにライブ中継をしていた。
「あらま、ここってあれですよ。少し前誠治さんが会食に使ったところですよ。坊っちゃんも行ったことあるんじゃないですか?」
「うん、前に父さんと行ったかな。確か」
テレビには外から建物の様子が映っているだけで、当然中の様子は分からない。
ただ、警官隊が建物を囲み、非常線も張られている。ただ事ではないのだろう。
『犯行グループは6名のようで、店内には人質となった店員が8人、この時間に訪れていた客が11人いるとのことです。グループの目的は1年前に逮捕された武装テロ組織『7月革命機構』のメンバーの釈放を要求しており――』
テレビから事件の情報が流れてくる。僕はスマホを持ってソファから立ち、リビングから出ていく。
「坊っちゃん? どうしたんですか?」
「友達と電話するだけ」
階段をのぼり、自室に入る。鍵が閉まっているのを確認し、のぞき窓から部屋の外を見る。大丈夫だ、相浦さんはいない。
ベッドの下にあるラックを取り出して、鍵を開ける。中に入っているスロウのヘルメットを起動し、通信機能を使って呼びかける。
「今立てこもりのニュースが流れてるけど、見てる?」
『……』
返事がこない。ただ雑音は聴こえるので通信機自体は電源を点けているらしい。
嫌な予感が背筋をせりあがってくる。いや、大丈夫だ。たまたま通信機から離れているだけだろう。
「聴こえる? 僕は今家にいるけど、そっちは?」
『……』
ザザザッとなにかが擦れるような音が聴こえるだけだ。
僕は眉を顰め、さらにヘルメットに顔を近づける。
「返事ができない状況なのか? あってたら2回息を吹きかけてくれ」
『……』
声での返事はなかった。だがすぐにフッと短い吐息が2回聴こえてきた。
なにかの間違いだ。多分近くに彼女の母親がいて、ボロを出すわけにはいかないから喋れないのだろう。
「……もしかして君は、今ニュースになってるレストランにいて、人質にされてる?」
『……』
再びフッと短い吐息が2回聴こえてきた。
カッと頭が熱くなる。どうして彼女が。どうしてこんなことに。彼女の母親は一体なにをしているんだ。
「坊っちゃーん、もうご飯できますけど、すぐ食べますかー?」
部屋の外から相浦さんの声が聴こえてくる。
だめだ、こんなことしてる場合じゃない。すぐに出なきゃ。市道紫帆をすぐに助けなければ。
必要な道具をリュックに詰めて部屋を出る。階段を降りると丁度相浦さんと鉢合わせになった。
「あぁ坊っちゃん。どうしたんですかそんな格好して……まさかお出かけとか言わないですよね?」
相浦さんが懐疑的な視線を向けてくる。
この前のアレのせいでこういうときの外出に対して敏感になっているのだ。
仕方がない。相浦さんが心配するのも当然だ。だけど、僕は行かなくちゃならない。ここで大人しくご飯を食べて事件解決を待っているわけにはいかない。
「いやまぁ、そのまさかで。ほら、彼女の友達に呼ばれたんだよ」
「お友達に? またどうして」
「なんか、連絡がつかないらしい。それでその……まぁそういう相手の僕に連絡がきたんだ」
「そう、だったんですか。それで、市道さんの娘さんの捜索に?」
「一応ね、放ってはおけないし。大丈夫、事件現場には近づかないよ」
我ながら苦しい言い訳だ。だが相浦さんは少し悩んだ末に、僕の前からずれてくれた。
「無理はしないでくださいね、坊っちゃん。あと、今日中には帰ってくること。約束してください」
「約束するよ。ちゃんと帰ってくる」
すぐに答え、僕はリビングを抜けて玄関へ向かう。
スロウになるための道具が入ったリュックを背負い直し、飛び出すように家を出た。