近くの路地裏でスロウになり、現場へと近づく。
犯行グループが立てこもっているレストランの周囲には警官隊が控えていて、人っ子1人通れそうにない。
「……どうやって入ったものかな」
レストラン近くのアパートの屋上で僕は現場を見下ろす。
スロウという存在は警察にとってイレギュラーだ。いくらヒーローという存在を好意的にとらえている人がいても、さすがに素通りはさせてくれないだろう。
ならば潜入作戦なのだが、あの人数ではさすがに骨が折れそうだ。
それに大事なのは警察との衝突ではなく、中にいる人質の解放だ。こんなところで時間を喰うわけにもいかない。
「お悩み、みたいだねスロウ」
強行突破以外で何か方法はないものかと考え込んでいると、後ろか聞き覚えのある声が聴こえてきた・
振り向くとやはりそこには田喜野井海美がいた。
蠱惑的な笑みを浮かべる彼女。是善高校の制服姿ではなく、紺色のレーシングスーツのような衣服を身にまとっている。
「田喜野井海美……」
「スロウのときは呼び捨てなんだ。ふふふっ、まぁいいけど」
「何の用だ。アンタ達の任務は監視じゃなかったか?」
「もちろん任務は続行中。それで、どうやって店内に入るつもりなの?」
田喜野井海美の質問に僕は答えない。
ヘルメットの下から睨みを利かせて無言でいると、田喜野井海美はフッと肩を竦めた。
「ねぇ、良かったら侵入を手伝ってあげよっか?」
「手伝う? 誰が誰を」
「もちろん私がゆずピ、じゃなくて、スロウを」
「……意図が読めないな。そもそも、世界的な諜報機関だったらこっちの手伝いなんてしないでそのまま解決できるんじゃないか?」
「それはまぁそうだし、なんなら現場の指揮権だって奪えるけど、残念ながらうちは基本的に超能力と直接関係ない事案には干渉できないルールだからね」
「じゃあ手伝いもできないじゃないか」
「それができるんだな。まぁ人を送り込むことくらいだけど。さて、どうしてだと思う?」
「クイズ大会をやってる暇はないんだが」
苦言を呈しても田喜野井海美は特に表情を変えることなく、相変わらず爛々とした瞳で僕を見つめてくるだけだ。
これは多分、答えなければ話が進まないのだろう。僕はヘルメットの中でため息を吐き、少しだけ考える。
本来は介入できない案件に間接的とはいえ介入できるというのは、なにか条件があるはずだ。
今彼女は超能力と直接関係ない事案には干渉できないと言っていた。そして同時に、人を送り込むくらいのことはできるとも。
今回の事件がなにか超能力が関係しているのかもしれない。いや、犯行グループに超能力が使える人間がいるとしたらそれはれっきとした『直接的な事案』だ。つまり――
「事件の関係者……人質? いや……違う。なにか――」
『犯行グループは6名のようで、店内には人質となった店員が7人、この時間に訪れていた客が11人いるとのことです。グループの目的は1年前に逮捕された武装テロ組織『7月革命機構』のメンバーの釈放を要求しており――』
ハッとして顔を上げる。田喜野井海美と目を合わせ、ボイスチェンジャー越しに声を発する。
「犯行グループが釈放を要求してるメンバーの中に、超能力者が?」
「……どうする? スロウ。君が事態を解決してくれると、私達としても助かるんだけど」
こちらを誘うような笑みを浮かべ、田喜野井海美が小首を傾げた。
否定もしなければ肯定もしていない。だがその態度を見る限り僕の推測はあながち間違いではないのかもしれない。
「私達ができるのは君を店内へと入らせるまで。どうにかできそう?」
「どうにかするしかないだろ。やるなら早く手配してくれ」
「はいはい、期待してるよ。スロウ」