人質が固まっている場所の目の前、市道紫帆を見下ろすように立ちふさがる。
「……スロウ?」
市道紫帆が呟く。あれほど静かだった店内に微かな歓声が湧く。
「出やがった!」
声につられて振り返るとそこには獅子の仮面の男が立っていた。
メインダイニングの手前側、入り口に近い位置のテーブル席で仮面の男が銃を構える。同時に近くで控えていたもう6人目のメンバーも銃を突き付けてくる。
あの獅子の仮面の男がリーダーだろうか。いや、どっちにしろこの2人で最後だ。僕はすかさず両手を突き出して2人の動きをスロウにする。
銃を撃つ前の妨害は成功し、後ろから「やった!」と市道紫帆の声が聴こえてきた。
「いいぞスロウ!」
「早く助けてくれ!」
「そいつらを倒せ!」
「ぶっ殺せ!」
続けて他の人質の声も聴こえてくる。彼らの声を背中で受けながら、2人のもとへ歩く。
6人目の男の頭を掴み、みぞおちに膝を入れる。よろめいたところでさらにテーブルへ叩きつける。
意識を失う6人目。続いてリーダーらしき獅子の仮面をかぶった男へ近づき、拳銃を持っている手を蹴り上げた。
攻撃を喰らい、獅子の仮面の男の手から拳銃が弾き跳ぶ。しかし奴は本来の時間を取り戻し、よろけながらも近くにあった椅子を投げつけてくる。
こっちが椅子に気を取られているうちに叩くつもりか、それとも銃を回収するつもりか。
足を振り上げて椅子を蹴り飛ばすと、目の前に獅子の仮面の男はいなかった。
横にも上にもいない。銃もまだ転がっている。この一瞬で一体どこへ――
「スロウ! テーブルの下!」
後ろから市道紫帆の声が聴こえてきた。ハッとして下を見ると、白いテーブルクロスが盛り上がって獅子の仮面の男が飛び出してきた。
この距離からじゃ超能力は間に合わない。右斜め前から突っ込んでくる男に対して、僕は下がりながらしゃがみ込み、低い姿勢を維持したまま後ろ回し蹴りを放った。
男の手をすり抜けて、蹴りが脇腹にあたる。肉と骨に衝撃が伝わる感覚と共に振り抜く。
不意を突いたはずの突撃はカウンターで撃退し、獅子の仮面の男は真横へ吹き飛んだ。
危なかった。市道紫帆の声がなければやられるところだったかもしれない。
倒れている男に近づき、跨って首を絞める。数秒ほど脈を押さえると、男はガクッと意識が落ちた。
これで全員片付けた。すぐにでも人質を脱出させなければ。
立ち上がり、人質へ近づく。ほとんどの人が気の抜けた顔をしていたが、市道紫帆の母親は難しい顔でスロウを睨んでいた。
現職の警察官が人質にされ、疎んでいた相手に助けられたのだ。面白くはないだろう。
だが彼女の後ろにいる市道紫帆はほのかに頬を上気させ、僕を見上げていた。
彼女が無事で良かった。ヘルメットの下で息を吐くと――市道紫帆が表情を変えた。
目を見開いて口を開けている。安心した顔というより、驚いている顔だ。
いったい何が起きて――ゴッと、なにかに押し出された。
目の前に床。レストランのカーペット。いったい何が、なんで。
「スロウ!」
誰かが叫んでる。紫帆だ。市道紫帆。目の前に床。僕は今どうなってる。倒れてるのか。
なんで倒れてる。なにかに押し出された。いや、ぶつかった。誰が、なにを。なに言ってる。今はそんなことどうでもいい。立たなきゃ。立つんだ。
体勢を立て直せ。背中に鈍い痛みを感じながらグッと床に手をついて立ち上がる。
すぐに振り向く。だがそこには、誰もいない。どこにも、なにもない。
「……なんだ? どこからッ!」
ゴッとまたなにかがぶつかってきた。今度は右側からだ。すぐに振り向くと足元には卓上花用の花瓶が転がっていた。
誰かが投げた。いや、犯行グループはもう全員制圧した。それとも意識のあるやつが攻撃してきたのか。
このまま棒立ちしていたらやられる――前へ一歩出たところで後ろから強い衝撃が伝わってきた。
勢いを殺しきれず前にあったテーブルへと突っ込んでしまう。バキッと音が鳴ってテーブルが割れて、そのまま体が沈み込む。
振り向いて確認する。すぐそばには消火器が転がっていた。今のは後ろからだ。でも僕の後ろにいるのは人質だけ。どうしてそんなところから攻撃が。
まさか、人質の中に奴らの仲間が――痛みに堪えながらの僕の推測は、残念ながら正しかった。
ただ、それだけではなかった。僕が思ってた以上の展開がそこにはあった。
「……うそだろ」
割れたテーブルに寝転ぶように沈み込んでいた僕の目に、信じられない光景が映る。
イスとテーブルが浮いていた。なんの仕掛けもなく、宙に浮いていたのだ。
思考が止まる。目の前のありえない光景から目が離せなくなる。吊るしたワイヤーもなければ近くで人が持っているわけでもない。フワフワ、フワフワと、重力に逆らって、物体が宙に浮いている。
何が起こっている。そう思った瞬間、浮いていたイスとテーブルが僕に向かって落ちてきた。
空中で漂うように浮いていた物体が、突然僕を潰そうと一直線に向かってくる。
こんなの普通じゃない。そうだ、普通じゃないことが起きている。これまでの常識では到底測れないこと――
『今更ですけど僕以外にも超能力者がいるってことですか?』
『そりゃあね。君は世界中に点在する超能力者の1人』
「……超能力者か!」