ヒーローであるスロウができるのは人助けくらいだ。それも主に窃盗や強盗、暴漢から助けたり、痴漢を捕まえたり。もしくは力を振るおうとする超能力者の相手くらいしかできない。
スロウの超能力では燃え盛る炎を消すことはできない――だけど、それでも、僕の身体は自然と動いていて、現場へと駆けつけていた。
『現在、コンチネンタルリゾートではホテルに閉じ込められた人達の救助活動が行われています。輸送ヘリがホテルの22階の客室フロアに墜落し、さらにそこから機体が爆発、炎上しました。そしてその炎はホテルに燃え移り、22階フロア全体に広がっているようです。現在、火元よりも下、つまり、21階以下のフロアの宿泊客は避難が完了しておりますが、22階を含めた上のフロアの宿泊客はさらに上、27階の屋外プールに避難しており、救助を待っている状況です。火の勢いは中々衰えず、さらに勢いを増してはいますが、消防隊の――』
路地から駅にある街頭モニターを覗くと、現在の火事の情報が生中継で放送されていた。現場付近、と言っても安全圏ではあるが、ニュースキャスターがカメラに向かって逐一今の状況を伝えている。
父とはまだ連絡がついていない。ここに来る途中で荷物を回収し、スマホで連絡をとったのだが、父も相浦さんもでなかった。
2人はいつもホテルで仕事をしているわけじゃない。特に父からは取引相手と会ってみたいな話をよく聞くから、あそこにはいないかもしれない。父の秘書である相浦さんだってそうだ。父が現場にいなければ相浦さんもいないはず。
だけど、もし現場にいたら。それも、火事に巻き込まれていたら。今も救助を待っていたら。
嫌な想像ばかりしてしまう。このままここで呑気にしているわけにはいかない。
とにかくなんとかしてホテルに近づこう。僕は脱いでいたヘルメットをかぶり直し、路地から出る。
駅まで来たのだからホテルまではすぐそこだ。大きく息を吸い込んで駆け出すと、無線からザザザッとノイズが走った。
『柚臣くん! 今どこ!? どこにいるの!?』
通信相手は当然市道紫帆だ。緊迫した声色で僕に呼びかけてくる。
先ほど彼女の母親から聞いた過去を思い出す。いけない、今はそんなこと気にしている場合じゃない。
「現場付近だ。なんとかしてホテルに近づいて情報を集める」
『あ、集めるって、なにする気なの。危ないよ!?』
「分かってるよ。でも、なにかできることがあるかもしれない」
『ちょ、ちょっと待って柚臣くん!』
「待ってる時間はない。もしかしたらあそこに父さんと相浦さんがいるかもしれないんだ」
市道紫帆の言葉を聞き流しながら走る。
ホテル近くの商業施設に入る。ここを通り抜ければホテルはすぐそこだ。
おそらく入れないよう封鎖されているはず。だが関係ない。超能力を使えば突破できるだろう。
『待って柚臣くん! 一旦落ち着いて!』
「落ち着いてるよ。すぐに助けなきゃいけないってことも分かってる」
『なら一旦止まって! 柚臣くんの超能力じゃ火は消せないでしょ!?』
「でも救助はできる。人を助けることくらいなら」
『助けるって……もうっ! とにかく……』
視界の奥に商業施設の出入口が見えてきた。
人の通りはない。目を凝らしてよく見ると火災現場へ近づかないよう封鎖のためのバリケードテープのようなものと人が立っている。
あそこさえ突破すれば行ける。グッと足に力を込めてさらに加速した。
「とにかく待って!」
前へ跳ぼうとしたところで、叫び声が聴こえてきた。
視界の真横、左方向からなにかが弾丸のように飛び込んでくる。
極限状態でゆっくりと流れる時間の中、どうにか首を回す。
僕の通行を邪魔してきたのは、他でもない、市道紫帆だった。