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5-6

 平日、午前中の授業も終わり昼休みに入った。

 僕は旧校舎の視聴覚室を訪れ、いつも市道紫帆が座っている席の隣に座る。

 次に会ったとき、この前のことを謝らなければ。そう思って登校したのだが、彼女は学校にいなかった。どうやら休みらしい。

 どういう事情で休みなのか、交友関係が広くない僕じゃ聞くこともできず、もやもやした気持ちを抱いたまま午前中を過ごした。こんなことなら1人くらい共通の知り合いを作っておけばよかった。

「おつかれ~」

 どうやって彼女とコンタクトをとろうか考えているところで、能天気な声が聴こえてきた。

 いかにも作っていますみたいな、甘ったるい高い声。僕ははぁっと息を吐き出して振り向く。

「やっぱここにいた。ゆずピ」

「……どうも、田喜野井先輩」

 視聴覚室に現れたのは田喜野井海美だった。国際的な諜報機関『組織』のエージェントである彼女はご丁寧にここ是善高校の生徒として潜伏し、今日も学生を演じている。

 なぜここにという疑問は成立しない。そもそもここは彼女に教えてもらった場所だ。

 とはいえどうしてここを訪れたのかは分からない。田喜野井海美は機関のエージェントとして超能力者の監視任務を行っているそうだが、その監視対象にわざわざ接触してくるなんて、普通に考えて御法度だろう。

「ゆずピ1人? 紫帆ちゃんはいないの?」

 キョロキョロと室内を見回しながら田喜野井先輩が訊ねてくる。どうせ僕を監視しているのだから彼女がいない理由も知っているはずなのに、あえて訊いてくるのだからこの人も随分と人が悪い。

「休んでるみたいですよ。なんでかは知らないですけど」

「どこにいるのかも知らない?」

「もちろん知りません。僕たちは別に付き合ってるわけでもないですから」

「紫帆ちゃんと仲直りしないの?」

 コツコツと足音を鳴らしながら、田喜野井海美が階段を降りる。

 やがて僕の席の前に立ち、机に両手を組んでその上に小さな顔を乗せた。

 可愛らしく小首を傾げ、ギラつく両目で僕を覗き込んでくる。

 僕は彼女の大きな目に映る自分を見て、フンっと鼻で笑った。

「ご心配どうも、早めにそうするつもりですよ」

「そうなの? いやぁ、良かった良かった。良かったよほんとに」

「そんなにですか。田喜野井先輩にはあまり関係ないと思いますけど」

「そんなことないよ。監視対象の精神状態はできるだけ安定していてほしいからね」

「その方が上手くいくからですか?」

「というより、色々動き回らなくていいからね。最近は結構忙しかったんだから」

「はぁ、そうなんですか。それはまたご苦労なことで……忙しい?」

 それは、ほんの少しの違和感だった。

 言い間違いかもしれない。誇張表現かもしれない。もしくは単純に嫌味かも。

 だけど僕には、その言葉を素直に呑み込むことがどうしてもできなかった。

 なにより、その言葉に引っかかって訝しむ僕に対して、田喜野井海美は不敵な笑みを浮かべたままだったのだ。

「どうしたのゆずピ。なんか気になった?」

「……忙しいっていうのはどういうことですか」

「どういうって、言葉通りだよ。監視任務は私を含めた複数人のチームでやってて、常にターゲットの動向をチェックしなければならない。普段と違う行動パターンがあれば――」

「僕はこの数日間、なにもしていない」

 田喜野井海美の説明を遮って、僕は断言する。

 市道紫帆から離れ、『スロウ』を辞めた僕の生活は元に戻った。

 朝起きて学校に行って、学校が終われば時々寄り道しながらも家に帰る。

 ここ最近はずっとそうだ。少なくとも僕にとっては特別な行動はしていない。

「アンタ達は一体、僕の……いや、誰のなにを監視してるんだ?」

 不敵な笑みが消えて、田喜野井海美が立ち上がる。

 座ったままの僕を冷たい視線で見下ろす。ギラついた目が僕を捉えて離さない。

「……もう一度聞こうか。ゆずピは紫帆ちゃんがどこにいったのか知らない?」

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