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5-8

「にしても、どこ行ったんだ」

 旧校舎の重たいドアを開けながら呟く。田喜野井海美が組織の人間を使って行方を負っているというのに見つからないなんて、一体どこに隠れているというのだ。

 というより、そもそもなぜ行方知らずなんだ。彼女に組織の人間を欺いてまで行方を晦ます理由なんてないじゃないか。

 なにせ市道紫帆は――とんでもない超能力を持っているという点を除けば――普通の人間だ。誰かさんと仲違いをして顔を合わせたくない程度の理由なら組織の人間が逃すことはないはず。

 だとしたらどうして。旧校舎を抜けて正門をくぐったところで、スマホに着信が入った。

 相手は市道紫帆だ。僕はごくりと生唾を呑み込み、通話に出る。

「……もしもし」

『もしもしぃ? ゆずおみくぅ~ん』

 スマホから聴こえてきたのは奇妙な、いや、気持ち悪い高い声だった。

 まるで男が無理して女声をつくっているかのような、というか、絶対そういう声だ。

「誰だお前。市道紫帆じゃないな」

『あたりぃ。分かってんじゃん柚臣君』

 通話相手の声が低い男の声に戻る。聴いたことがあるようなないような、凡庸な声に僕は苛立ちを覚える。

「誰だお前って訊いてんだよ。さっさと答えろ」

『なんだよお前憶えてないのか? 俺は憶えてるぞ、めちゃくちゃにしやがって』

「悪いけどそういう輩はよくいるんだ。特に最近は」

 男に軽口で答えながらも、僕は男の正体を考える。残念ながらここ最近はずっと大人しくしてる。あるとしたらスロウのときに軽く蹴散らした犯罪者達くらいだろう。

 しかし、だとしたら相手はスロウの正体が僕だと知っていることになる。市道紫帆のスマホからということは、彼女がスロウの正体は僕だと喋ったのか。

 僕は市道紫帆に裏切られたのか。そう思いたくはないけれど、でも僕は彼女に酷いことを言って離れた。僕を恨んでいてもおかしくはない。

『はっ! かっこつけた言い方しやがって! あのときと同じだな!』

「いや、だからあのときとか言われても似たようなことがあったから憶えてな――」

『憶えてないとは言わせねぇぞ! お前が乱入しなければ紫帆は俺のものになってたんだ!』

「……はぁ?」

 話が嚙み合わない。怪訝な表情でスマホの画面を見ていると、さらに怒号が飛び出してくる。

『大体! お前俺にフラれたとか言ったけどな! まだフラれてねぇよ! 少し気持ちがすれ違ってただけだ! あの日はそれを確認するために紫帆に話をしようと思ったのに、紫帆は紫帆で俺の顔を見た瞬間逃げやがるし!』

「いや……その、マジで誰なんだ? 僕の知り合い? それとも彼女の?」

『2年の林だ! 林智樹!』

「……はぁ~」

『ため息吐いてんじゃねぇ!』

 そりゃ吐くだろ。よりにもよってアンタって、どういうことなんだ。

 林智樹、林先輩は確か市道紫帆に片想いをしていた2年生で、告白したら普通に無理って断られたので、腹いせに仲間を連れて彼女に乱暴をしようとした人。それを偶然通りすがった僕が助けたことで、彼女との関係ができてしまったのだが。

 まさか本当にスロウとは無関係の人間だったとは。確かに林先輩は今のところ一度も僕をスロウとは呼んでいないけど。

 今のところ僕の正体がスロウだとは知らないようだが、しかしそうなるとまた別の問題が浮上してくる。

 なぜ林先輩が市道紫帆のスマホを持っているのかということだ。彼女は近くにいるのだろうか。

「はぁ、それで? 林先輩。僕になんの用なんですか?」

『いきなり気ぃ抜いてんじゃねぇよ。いっとくけどな、俺の近くには紫帆がいるんだぜ』

「そうじゃないと電話できないですからね。で、用件は?」

『こいつ……はっ、まぁいいや。そうやって余裕ぶってろ』

「用件はなんですか?」

『用件なんてねぇよ!』

 なんなんだ。今忙しいっていうのにどうして僕はこの人とお喋りしなければならないんだ。

「そうですか、用件がないようなら切りますけど?」

『あぁ、そうしてくれ。お前がその辺をブラブラしてる間に俺は紫帆と楽しませてもらうからな』

「……念のため聞きますけど、彼女は今どこに?」

『教えるわけないだろ! お前は街中を無意味に走り回ってろ』

 プツッと一方的に通話が終了した。

 なんだかめんどくさい状況だ。田喜野井海美の組織の人間よりも早く市道紫帆を見つけなければならないというのに。

 そもそも林先輩はどうやって市道紫帆を連れ去ったんだ。あの人が諜報機関を欺けるようなそんな技術持っているとは思えないが。

 もしかしてただのブラフなのだろうか。いや、実際着信は彼女からのスマホだったのだから可能性は低い。

「……これも君が望んだことなのか」

 街を歩きながら誰に言うわけでもなく呟く。

 市道紫帆の超能力。無意識下において行われる現実改変能力は誰にも気付かない。気付かれない。気付いたとしてもその事象が既に発生してしまった後だ。

 やろうと思えば――無意識下なのでやろうとは思っていないのかもしれないが――諜報機関の人間を欺くことだって可能だ。

 でもどうしてこんなことを。しかも敵は林先輩だなんて。こんなこと言うのもなんだが、イマイチ盛り上がらない相手だ。

 とはいえ放ってはおけない。僕は街を歩きながら市道紫帆が今どこにいるのか考えてみる。

 組織の人間はまだ見つけていない。だが先ほど田喜野井海美に入った通信から予想するにある程度の位置は割り出せているのかもしれない。

 しかし情報が少なすぎる。そもそも失せ物探しは僕の得意分野じゃないんだ。

 諜報機関というその道のプロが束になって探しても見つからないんだ。超能力を持っているだけの普通の高校生に見つけられるわけがない。

 八方ふさがりとなり、行くあてもなく歩いていると、後ろからクラクションが聴こえてきた。

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