この世界に召喚されて、早くも一ヶ月が経とうとしていた。
波乱の初日から続き、怒涛の日々を送ってきた私だったが、周囲の助けのお陰で、ここしばらくは落ち着いた日常を送れている。
ダスク、ジェフ、オズガルド、エレノア、サリー─―彼らにはただ感謝しか無い。
そして今日も私の一日が始まる。
ただし、その始まりは朝ではない。
「お早うございます、カグヤ様」
目覚めは昼、十四時頃。
サリーに起こされ、洗顔と歯磨きの後に身支度を整えて昼食。
「いただきます」
向かいにはサリーが座り、同じ料理を口にしている。
最初の内は一緒の食事をお願いしても「使用人の身分でカグヤ様と共になど恐れ多い」と断られてしまっていたが、エレノアが説得してくれたこともあり、今ではこれが日常の光景となっている。
「カグヤ様は、随分とお顔の色が良くなりましたね」
「そう、ですね……。とても穏やかに暮らせています。ですがそれはサリーさんや、皆さんが良くして下さっているお陰です」
未だ不安や不自由はあれど、かつての地獄の日々に比べれば、今の生活は充分に『天国』と言っていい。
「でも、それを言うならサリーさんもだと思います。最初の頃は……少し不愛想と言いますか、近寄り難い雰囲気がありましたが、今はとても活き活きとして見えます」
「そう、でしたか……。申し訳ありません」
「気にしないで下さい。闇を知った者だけの輝きもあるのですから」
容姿にコンプレックスを抱いていた者が、美容整形手術を経て見違えるように性格が前向きになり、人生も上向きになったという話もある。
サリーの場合も顔の火傷が消えたお陰で、失われた自信と希望を取り戻せたようだ。
闇の力でも、使い方次第では誰かに輝きを与えられる。
自分のしたことで誰かが喜び、感謝してくれれば、誰でも悪い気はしないものだ。
家族からも蔑まれ、親しい間柄の相手を持てなかった私だが、宗教勢力による辛い過去、素性を隠さざるを得ない身の上などの共通点が多いためか、サリーとは共に居て安心できる。
そんな風に二人の時間を過ごしていると、私の膝の上にぴょんと飛び乗って来る者が居た。
「あらセレナーデ、お腹が空いたの?」
ジェフが
主人は今、皇立学術院に登校していて不在だ。
講義をすっぽかすことの多い彼だが、フェンデリン一族として恥じない成績を修め、既に兄や他の一族と同じく卒業後は宮廷魔術団への入団が内定しているそうだ。
黒梟ノクターンもテーブルまで飛んで来て、丸っこい瞳を向けて餌をねだってくる。
「はい、どうぞ」
セレナーデもノクターンも、何故か私に懐いてくれるので、ジェフからも自分が留守の間は餌やりを頼むと言われていた。
どちらも可愛らしい上に賢く、手触りも素晴らしいので癒される。
元の世界では動物と触れ合える機会も余裕も無かったので、実に新鮮だ。
食事が済めば、次は学習の時間。
「カグヤ様、この一文は読めますか?」
「はい……。『少年は遂に七つの龍玉を集め、神なる龍を召喚せしめた。龍は少年の武と勇気と情熱を讃え、褒美にその願いを一つ聞き入れた』──でしょうか?」
「その通りです。カグヤ様は大変覚えが早いのですね」
サリーからは、読み書きやこのウルヴァルゼ帝国に於ける社会や法律、一般常識を教わっている。
今読んだのは、昔から語り継がれている『龍玉戦記』という物語の一文だ。
「『魔法の才能』を具体的に言い表すと、『魔力変換力』『魔力保有力』『魔力放出力』の三つです。これらがどういうものか、説明できますか?」
「はい。
「正解です。この辺りの知識についてはもう充分でしょう」
エレノアからは、魔法関連の知識や実技を教わっている。
「カグヤは本当に優秀ですね。元の世界でもそうだったのですか?」
「そうですね。勉強したり本を読んでいる間だけは、大嫌いなカルト宗教や両親のことを忘れられましたから……」
学ぶことだけが、唯一の娯楽であり現実逃避。
お陰で学校の成績も常に上位だったが、しかし元の世界では、せっかく学び得た知識や経験を活かす機会は訪れなかった。
本当はジェフが通う皇立学術院にも興味があるのだが、追われる身である以上、残念ながら行くことは叶わない。
「ですが、文字や言語に関しては元の世界にあった言語に少し似ているのです。私が短期間で修得できたのはそのせいでしょう」
この世界では『統一言語』という言語が、万国共通で用いられているそうだが、これが英語に酷似しているのだ。
文法だけでなく文字の形に関しても、一見しただけでは分からない程度にアルファベットが加工されたもの、という風にしか思えない。
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