カストルが目を覚ましたのは、ケント達が勇者の聖域に向かってから半日ほどが経ってからだった。
「目が覚めたか、カストル殿」
こちらもアウローラが話しかけた。身を起こしたカストルは、彼女を見ると頬を緩める。
「やあ、アウローラ。君が助けてくれたのか」
アウローラはそんなカストルに冷たい目を向ける。
「呆れた人だ。信念を曲げないと言えば聞こえは良いが、あなたはただの頑固者だよ」
ケントを殺害しようとした事を責めているのである。言っても効果はないだろうと思いつつも、彼女としては文句を言わずにいられない。だが、彼女の予想に反してカストルはバツが悪そうに頭を掻いて反省の言葉を述べた。
「ああ、我ながら結論を急ぎ過ぎた。珍しく見誤ったよ」
何を見誤ったというのか、アウローラが怪訝な顔をするとカストルは真剣な表情で話し始めた。
「あの時、俺は混沌の力に飲まれた。自分の肉体が、意識が、魂が四分五裂する感覚に襲われ、自分が消滅していくのを確かに感じたんだ。だが、そうはならなかった。混沌の空間で間違いなく一度バラバラになった俺は、気が付くと再び元通りの身体に戻っていたんだ。そこで君に助け出されたわけだが、おかげで分かった事がある。あれは、破壊の力ではない。バラバラになるのは、混沌に飲まれた全てのモノの情報を分析、再構築するため。そうして作り直されたモノは、世界の外へ呼び出されるんだ。混沌の主がいる場所へ」
アウローラは、カストルの言葉がにわかには信じられなかった。一度バラバラになる? そんな事があり得るのだろうか、と。
「目的は分からないが、混沌の主は自分の力で飲み込んだモノを自分の下へと召喚しているんだ。それを仲介する……いや、
「殺そうとすれば被害が出るから間違いだと?」
不満げに言うアウローラ。だがカストルは彼女の態度も意に介さない。
「ああ、そうだ。だがそれだけじゃない。アベルが使う巣穴の主は混沌の主と敵対する秩序の主という存在だという。それは実際に混沌の力を防いでいた事から事実なのだろう。そして彼女の声を聞けるのもケント達だけであるという事も分かっている。ここから推測すると、混沌の申し子というのは複数いて、それは我々が『出来損ない』と呼んでいる、才能値が高く戦闘力が低い者達の事であり、更に彼等は混沌と秩序、敵対する両陣営の声を聞き力を借りる事ができるという事だ。つまりケント達はどちらの陣営にも属していないんだ。混沌の主、秩序の主、どちらが神でどちらが悪魔なのか、あるいはその両方かはまだ分からない。だから、倒すべき敵かどうかを判断するのはまだ早いという訳さ」
こちらの言い分にはアウローラも素直に賛同した。そう、ケント達が世界に仇なす存在か、あるいは世界を救う救世主なのか、しっかりと見極めていく必要があるのだ。アイリスへの情もあるが、勇者としての自分もそう判断しているのだった。
「いいでしょう、その点では私もあなたと同意見だ。それならば一つ提案なのだが、協力して忌み子――これは議会が彼等をそう呼んでいるのだが――の事を調べないか?」
アウローラの提案に、カストルは黙って首を縦に振った。
◇◆◇
「さあ、次はどこに行けばいいんだ?」
黒い鎧に身を包む男が、軽鎧を身に着けた男に尋ねた。黒騎士ギルベルトとトーマス議員である。ギルベルトはトーマスとイジュンに戦い方を教えながら、一旦エルドベアまで戻って来ていた。
「少々予想外なのですが、ザッハーク殿――ギルベルト様に殴られた彼です――が、追放された忌み子を保護しようと働きかけています。現在分かっているのはあと二人、議会は既にビアスという男性に迎えを出しているので、我々はモルガーナという女性を迎えに行きます」
女性と聞いて少し渋い顔をするギルベルト。
「男ばかり三人で迎えに行って大丈夫か?」
思わず噴き出したのはイジュンだった。
「大丈夫っすよ、紳士のトーマスさんがいるっすから。オレやギルベルトさんじゃ怖がられるかも知れないっすけど」
口調が変わっているのはギルベルトの教育の賜物である。あえて
「うるせえ! 俺も紳士だろ」
「いやー、それは無理があるっす」
そんなやり取りを見て、笑いをこらえるトーマスだった。