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極彩色

 気がつくと、ベッドの上に寝ていた。木製のベッドに敷かれているのは、フォックスバローで見られるシダの一種を編み上げて作った敷布しきふだった。見た目はゴワゴワとして固そうだが、上に寝る感触はとても柔らかく、爽やかな森林の香りを感じる。


(ここはフォックスバロー……蛮族の集落か。僕は一体どうなったんだ?)


 ケントは自分の身体を手で触っていく。怪我のない、五体満足の状態だ。あの時雷に打たれて蒸発するように感じたのは気のせいだったのだろうかといぶかしむ。


「目が覚めたか」


 かかった声には聞き覚えがある。目を向けると、そこには短い黒髪の女性――勇者アウローラがいた。


「勇者たるもの、いざという時のとっておき・・・・・を持たないとな。カストル殿のリントヴルムしかり……ケント君のあれは破壊的過ぎるが」


 肩をすくめ薄く笑いながら言う彼女の言葉で、あれは夢や幻なんかじゃなかったのだと理解した。


「……皆は?」


 彼女の態度から、その『とっておき』で自分が助けられたのだろうと察した。そうなると気になるのは仲間達の事だ。


「君と違って消耗していなかったからね。勇者の聖域に向かう準備をしているよ」


 理解はしていたが、はっきり無事だと知らされて安堵のため息をつくケント。


「よかった……カストルさんは、何と言っていましたか?」


 自分を良からぬ者として殺そうとした勇者は、自分を救ったアウローラにどんな態度を示したのだろうか? カストルに向けられた殺気を思い出し、不安になった。


「それが、助けるのが遅れてな。命はあるが、まだ眠ったままだ」


 首を振り眉をひそめて言うアウローラに、何と言っていいのかわからないケントは、あの時の話を始めた。


「……声が聞こえました。カストルさんの攻撃を受けて、視界が真っ暗になって、僕はひとたまりもなく死んでしまったと思っていたんです。そうしたら、急に小さい女の子のような声で『助けなきゃ』って。その瞬間、視界が虹のような色に覆いつくされました」


 ケントの告白を、顎に手を当て聞いていたアウローラは、合点がいったとばかりに頷いた。


「おそらく、それが話に聞く混沌の主なのだろう。君達はその女の子から一方的に守られているようだ。私もケント君の体から発した虹を見た。いや、あれを虹と呼ぶのは違和感があるな。極彩色ごくさいしきの波動とでも言うべきか」


「極彩色……なるほど!」


 ケントはあの色を見事に言い表す言葉だと思った。


「カストル殿の事は私に任せてくれ。君達よりも彼の考えに近い分、話し相手にはなれると思う」


 立ち上がり、仲間のもとへ向かおうとした時。アウローラはそう伝えてきた。


 カストルと考えが近いと言われて、彼女は自分の事をどう思っているのかが気になったが、今は一刻も早く仲間達の顔を見たい気持ちだったので「お願いします」とだけ答えてその場を離れるケントだった。


「あっ、ケント!」


 外に出ると、すぐにコレットが彼に気づく。仲間達が駆け寄ってきた。


「お身体は大丈夫ですか?」


 アイリスが気遣ってくる。


「うん。心配をかけてごめんね」


 ケントは混沌の主の声を聞いた話をした。


「なるほどなー、あのごっつい力はいかにも混沌の主って感じじゃった。クウコが防いでくれたからワシらは無事じゃったが」


『あやつは別格だ。今回は勇者が助けにきたから防ぎきれたが、私が単独でどうにかできる相手ではない』


 空狐が言うには、彼女と同格の存在が他にも複数いるそうだ。アベルはそれらの力も借りられるという。


「お姉様は、私達を強力な障壁バリアで守って下さいました。気になって後をつけてきたそうです」


 アウローラは皆を障壁で包み、その場から空間転移で離脱したのだった。


「ケントも元気になったし、聖域に向かいましょ! もう強敵に負けるのはこれでおしまいにして、名実共に最強の勇者とその仲間になるのヨ。勇者ケントの快進撃をここから始めるノダ!」


 くるくると回って気勢を上げる妖精を見て、ケントは微笑んだ。


「ウチも行くよ! 鬼族も城が無くなって当分の間大人しくなるやろうし」


 マキアもついてくるという。ケントは心配そうにライオネルを見た。


「マキアの言う通り、しばらく大きな戦いはないでしょう。ご迷惑をおかけしますが、どうか仲間に入れてやって下さい」


 親からも頼まれれば、断る理由もない。


「迷惑なんてとんでもない! よろしくね、マキア」


 さて出発しようと思ったが、ジャレッドの姿が見えない事に気づいた。


「あれ、ジャレッドはどうしたの?」


 キョロキョロと周囲を見回すケントに、コレットが答える。


「ああ、お姫様を迎えに行ったヨ!」


 お姫様? と問いかけようとしたその時、ジャレッドが背中に依り代を背負って走ってきた。


「お待たせしました!」


 そう言って、何故かケントの目の前に置く。


「はい、お姫様の到着~!」


 コレットがさあ! とケントを押す。


(もしかして、また僕が抱いて行くの?)


 ジャレッドがそのまま背負ってくれればと思ったが、当然のように人形を差し出してくる二人の勢いに圧されて、依り代を抱き上げるのだった。


「さあ、しゅっぱーつ!」

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