カストルの攻撃は素早く、正確にケントの急所を狙う。アイリスが張ったままにしていた障壁に双剣が阻まれた時、ついに我に返ったケントは鞘に納めていた剣に手をかける。だが、相手は人間の勇者である。抜く事を
「自分の命を狙う敵に対してすら、剣を向ける事を躊躇うのか。ケント、それは勇者として致命的だぞ」
カストルはさらに追撃をした。まず右の剣を腰から真っ直ぐに突く。すると突かれた部分から障壁にヒビが入り、破れた。そこから右手を自分の身体に引き付けつつ左手の剣で更に強力な突きを放った。
ケントはついに剣を抜き、そのままの軌道で突きを払う。だがカストルが払われた左手をそのまま後ろに振ると、反動で右手の剣が横薙ぎにケントの脇腹を襲った。
(避けきれない!)
流れるような動き。通常両手に一つづつ持つ武器では片方で攻撃する時にもう片方で自分の急所をカバーして防御するのだが、ここでは
「ケント様!」
ケントの胴体から鮮血が飛び散ると、アイリスが即座に治癒魔法をかける。
『フル・ヒーリング!』
最上級の治癒魔法だ。どんな怪我もたちどころに治ってしまう。斬られたケントの傷も完全に回復した。
「ちょっと斬られたぐらいで全回復とは、お世辞にも効率が良いとは言えないな」
カストルが指摘する通り、アイリスは気が動転して過剰な魔法を使ってしまった。強敵を前にした状況で魔力の無駄遣いは愚策である。だが、これは訓練でも指導でもない。相手を殺そうとしているのに、つい経験の浅い勇者達に指摘してしまうのはベテラン勇者の悪い癖であった。
それを自覚した時、カストルは大きく後ろに飛び距離を取った。
「おっといけねえ、俺も情を捨てきれていなかった。こうなりゃ一気に決めるぜ」
肩をすくめ、口角を上げて笑みを浮かべる。大技が来ると判断したケントは剣を構え、腰を落とした。アイリスが彼に障壁を張ると、コレットも障壁を重ね掛けする。不敵な笑みのままその様子を見ていたカストルは、剣を持つ両手を顔の前で合わせた。
「目覚めよ、『ポルックス』」
カストルがその名を呼んだ瞬間、彼の身体が稲妻を
これこそがカストルの最終奥義とも言うべき奥の手だった。
「いけない!」
膨大な魔力が生まれるのを感知したアイリスが叫ぶ。同時にカストルの身体から放たれたほんの一筋の稲妻が、中庭に生えていた木を縦に両断した。
「おおおおお!!」
雄叫びを上げ、手に持った双剣を前に突き出すカストル。彼の身体を覆っていた稲妻が、そこに吸い込まれるように収束していく。
(あれを食らえばひとたまりもない!)
自分を護る二重の障壁が、酷く頼りなく感じる。ケントは本能的に敵の攻撃力を察知していた。だが、どうすればあれを防げるのか想像もつかない。
「終わりだ、ケント!」
両手を顔の前で交差させ、完全な防御姿勢に入ったケントの肉体を稲妻の剣が貫いた。
瞬時に暗転する世界。ケントは、自分が死を迎えたのだと思った。想像を絶する威力の雷撃は肉体を蒸発させ、魂までも消し去るような破壊をもたらしたのだ。
(ああ、僕はここで終わりなのか……死ぬってこういう感じなのか)
一切の闇に包まれ、何の音も聞こえない静寂の世界。何故だか、心が酷く落ち着いている。
何も成す事が出来なかった。
アイリスやアベルはどうしただろう? 見逃して貰えただろうか?
コレットやジャレッドは、自分がいなくなったらどこへ行くのだろう?
魔王は誰が退治するのだろうか? あれほど強いカストルなら、あのジョーカーやガープも退け魔王を倒せるかも知れない。
……ギルベルトさんに、もう一度会いたかった。
そんな考えが浮かんでは消え、自分の意識そのものが次第に闇に溶け薄れていくのが分かる。このまま静かになっていくのだと思っていた、その時。
声が、聞こえた。
――死にそう?
突然、視界が虹色に染まる。だがこれは虹などではない。水に浮かぶ油が全ての色を分離して反射する時のように、あらゆる色が互いに混じり合わずに強く自己を主張している状態。
すなわち、混沌。
――助けなきゃ!
その声は、幼い少女のように無垢な響きを持っていた。
◇◆◇
「グ、ギギギ、ガアアアア!!」
「なんだ、この声は!?」
強力な電撃を放ち、脱力したカストルの目に虹色の光が映った。
コレットが、ジャレッドが、アイリスが、アベルが、マキアが、ライオネルが。
全てが、虹色の光に飲み込まれていく。
「これは、不味い!」
逃げようとしたが、全力の攻撃を放った直後の足は思うように動かない。そのまま、カストルも虹に飲まれた。
そして鬼族の城は消滅し、ただの円い湖に変わったのだった。