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追放されたモルガーナ

 モルガーナはエルドベアに生まれた。ケントより五歳年下の十三歳だが、彼女の事をケントは知らない。何故なら、彼女が追放されたのはケントがまだ十歳の頃だからだ。


 つまり、彼女は五歳という幼さで追放されたのだった。


 彼女が忌み子である事が明らかになった経緯は他の忌み子とは違っていた。モルガーナは、隣の家に住む同い年の女の子と喧嘩をして負けたのだ。その子は才能値9990という非常に惜しい数字でAランクになり損ねたBランクだった。五歳の時点で自分達の待遇の違いに気付き、幼心に抱いた強い不公平感からモルガーナに殴りかかったのだ。


 通常であれば大人が止めるので喧嘩にはならないのだが、この時は双方の両親が目を離しており、相手の子はその瞬間を狙っていた。彼女は生まれた直後から両親の失望と妬みの言葉を聞いて育ったため、自分と親を不幸にしているのはモルガーナなのだと思い込んでいた。


 モルガーナが『出来損ない』と分かった時、両親は縊死いし(首を吊って死ぬ事)した。彼女には両親が何故死を選んだのか理解できなかったが、見捨てられた事は分かった。


 引き取り手はいなかった。忌み子は通常、親が議会の指示を受けて引き取り手を探すのだが、親は既にこの世に亡く親族も皆関わり合いになりたくないと言った。


 モルガーナの処遇は議会が決める事となり、全会一致で東のホロウスタッドへの追放が決まった。当時の議員達も五歳の女の子をモンスターの闊歩する土地へ放り出す事に良心の呵責を覚えていたが、国家の秩序を守るために心を鬼にする必要があると考えた。そしてせめてもの手向けとして少女には不釣り合いな大きさのマントを羽織らせたのだった。


 幼いモルガーナの脳裏にはこの時のとても悲しそうな、そして申し訳なさそうな議員達の顔が鮮明に焼き付いた。なので彼女はいつの日か彼等が迎えに来てくれるのだと思い、生きる事を諦めなかった。


 砦から出た先は荒れ果てた土地だった。まばらに生えた灌木の他は遠くに見える山の麓に広がる森林しか樹木がない平野に、無残に破壊されたかつての住居がポツポツと土の中から顔をのぞかせている。


「どっちにいけばいいのかな?」


 心細さと恐ろしさで涙があふれてくるが、大きな声で独り言を言ってそんな気持ちを誤魔化した。トボトボと歩き、近くの廃墟に入り込んで一休み。物陰に隠れると少し安心する。持たされたスコーンを食べながら、両親の思い出に浸った。


「パパ……ママ……」


 ここでついに堪えきれなくなり、大声をあげて泣き出してしまった。しばらくの間泣き続け、ついには泣き疲れてその場で横になる。大きな厚手の黒マントは、彼女の身体を優しくすっぽりと包み込み、モルガーナに暖かさと安心感を与えてくれた。


 夜が明け、廃墟の隙間から差し込む朝日がモルガーナの頬を照らすと、起き上がって大きく伸びをした。


「あのもりにいこう」


 ここに留まっていても仕方が無いと幼心に理解していたので、遠くに見える森林を目指して歩き出す事を決める。


 周囲には朽ち果てた建物と、小さな木を囲うように茂る草が点々と続く。荒野をあてもなく歩くのは寂しいので、自然と木の生える地点を経由して歩いた。


「ふう、とおいなー」


 いくつ目かの灌木に到達した時、疲れた彼女は木の根元に腰掛け休憩をする。水を飲んで背中を木に預けると、様々な音が耳に届いた。風にそよぐ葉の擦れる音、甲高い声で警告を発する鳥の声、そして大きな獣の唸り声……。


「えっ?」


 恐ろしい音が聞こえた方に目を向けると、いつの間に近づいてきたのか、大きな牙を持つ豹のようなモンスターが数メートル先からこちらをうかがっていた。ただの獣なら気付かれないうちに襲い掛かられて食い殺されていただろう。相手は人間に強力な個体が存在する事を知っているモンスターだったので、幼い女の子であっても非常に警戒し、値踏みしていたのだ。


「あっちいって!」


 モルガーナは恐ろしくなって右手を前に出し、声を上げた。


 その行動にモンスターはビクリと身体を震わせるが、少女が魔法などで攻撃してこない事を悟ると一声吠え、飛び掛かってきた。


「いやーー!!」


 荒野に少女の悲鳴が響き渡る。

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