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秩序の竜

 襲い来るモンスター。目にも止まらぬスピードで迫ってくるはずなのに、モルガーナの目にはその動きがひどくゆっくりに見えた。


(わたし、しんじゃうの?)


 豹の牙がたどり着くまでの間にもこれまでの短い人生を思い出す。思考の加速。これは死を目前にして走馬燈のように過去の記憶が呼び覚まされる現象だ。


 だが、彼女が死を迎える事は無かった。


『これは珍しい、幼い疎通者コミュニケーターがこんな荒地にやってくるとはな』


 謎の声は、威厳のある声でゆっくりと話す。世界は相変わらずスローで動き、モンスターは全くたどり着く様子がないのに、モルガーナの耳には全ての言葉が届いた。不思議な感覚に目を白黒させる。


『そのままの姿勢でいなさい。私がそいつを追い払おう』


 モルガーナは先程から右手を前に突き出した体勢のままだ。むしろ動けと言われても恐怖で身体が固まってしまって動けない。その前に突き出した掌から、不思議な光が発せられた。


幻惑光メズマライズ


 優しく、暖かな光がモンスターを包み、時間の流れが元に戻る。モルガーナに到達する直前、豹は地面を蹴り大きく身体をしならせて彼女から離れた。そのまま明後日の方角へと走り去ってしまう。


「ふえぇ……あ、ありがとう」


 自分を助けてくれた不思議な声の主を探し、キョロキョロと辺りを見回すモルガーナだったがどこにも他の生物を見つける事は出来なかった。だが、また声が聞こえる。


『私の姿を探すか。ならば今の獣が走り去った方角と逆へ進め』


 五歳のモルガーナには少々難しい言葉遣いだったが、何故だか意味がはっきりと分かった。この人(?)は良い人に違いないと、声の主を求めて真っ直ぐ進む少女だった。


 それから数日間、モルガーナの不思議な旅が続く。声の主はとても優しく、彼女を護ってくれた。お腹が空けば温かく美味しい食事を何処からともなく出現させ、モンスターが現れれば不思議な光で追い払った。姿の見えない保護者にモルガーナはすっかり懐き、恐怖や不安も感じなくなっていた。


 旅路の果てに辿り着いたのは、最初に目指した森だった。


『そこからが迷いやすい。行くべき道を示すので、光る木を辿れ』


 モルガーナの視線の高さで樹木の表面が光を発する。それが見失わない程度の先に生まれ、そこまで辿り着くと次に目指すべき樹木が光った。


 そうしてまた半日ほど進むと、森の中に大きく開けた場所に出た。薄暗い森から急に明るい場所に出て、眩しさに目を瞑る。


『ゆっくりと目を開けなさい』


 言われるままに目を開けると、そこには真っ白い鱗を持ち一本の真っ直ぐな角を額から生やした巨大な竜が鎮座していた。地面についた前足の爪がモルガーナの身体の倍はあり、あまりの大きさに少女はぽかんと口を開けて見上げるのだった。


「よくぞここまで来た。私は秩序の主が一柱、光竜アガートラームだ」


 人間の大人と同じくらいの声の大きさで、口から言葉を発する竜。モルガーナは目の前の強大な存在が自分を護ってくれた相手だと確信し、駆け寄ってその指に抱きついた。


 それから約五年ほど、アガートラームに様々な事を学び育った。文字の読み書き、魔法の使い方等々……モルガーナはこのまま彼と共に生きていきたいと思っていたが、ある日光竜は彼女に旅立つよう指示する。


「そろそろお前も人間の世界に戻るといい」


「えっ、ずっとここで暮らしたら駄目なの?」


 アガートラームが発した突然の言葉で見捨てられたような気持ちになったモルガーナに、竜は優しく語りかけた。


「心配はいらない、私はいつもお前を見守っているよ。この『クラウ・ソラス』を通じて私の力を使いなさい」


 モルガーナの前に現れたのは、光を放つ一本の小ぶりな剣だった。手に取るととても暖かな気配が伝わってくる。間違いなくこれはアガートラームと繋がっていると納得した彼女は、剣を腰につけると笑顔で保護者に手を振り歩き出したのだった。

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