魔王軍が南進している頃、ゴールドレイクにケント達が足を踏み入れようとしていた。
「ふむ、幻は私が解いてやろう」
コーネリアが湖の前に立つと、広大な湖に見えていた場所が薔薇園へと姿を変えた。あちこちに金の像があり、むせかえるような薔薇の香りが一行を包む。
「凄ーい! あっ、あそこにリスがいるヨ!」
はしゃぐコレットの言葉に、ケントが怪訝な顔をした。
「リスだって?」
この場所は秩序の主の力で外界と隔絶されている。通常の動物は入ってくる事が出来ないはずだ。元から中に生息していると考えても、棘のある薔薇しか生えていない薔薇園はリスが生息するのに向かないだろう。
「よく勉強しておるな、ケント。そう、普通のリスはここで暮らさない。あやつこそこの地に住む疎通者、ラタトスク」
コーネリアに指差されるとリスは素早く物陰に隠れてしまった。
「あっ、お待ちください!」
アイリスが声をかけたが、一目散に逃げてしまう。
「あのリスが疎通者なのか!?」
驚きの声を上げるジャレッドに、コーネリアが顔を向け不敵な笑みを浮かべた。
「ただのリスと思うなよ? 才能値五万を誇る強者だ。それも魔術に長け千年を生きる怪物だぞ」
疎通者は才能値と関係なく弱い状態で生まれる。だが、修行をした彼等は知っていた。成長の速さは才能値が高いほど優れていると。そういう意味で、確かに才能を表す数字でもあるのだとコーネリアは語った。
つまり、ラタトスクは千年の時をどう過ごしていたかにもよるが高い戦闘力を持っている可能性が高い。
「でも、戦いに来たんやないんやから怖がらなくてええんちゃう?」
マキアがのんきな声を上げた。そもそも彼等はゴールドレイクに行けと言われただけで、何をするのかは聞いていない。
「そうだな、まずはここの主ミダースに会うと良いだろう。私はここで別れるから、後は自分達の力で何とかするのだ」
コーネリアがミダースのいる館を指し示し、霧のように姿を消した。
「中途半端に放り出すのねー、とりあえず主に会いにいきまショ!」
コレットの言葉に頷き、歩き出すケントだったが、心の中では出会いについて考えていた。期待する出会いというのはラタトスクの事だったのだろうか、やっとギルベルトと再会できると思ったのにと少々がっかりするのだった。
そのギルベルトはラタトスクを探して薔薇園を歩き回っていた。
「ラタトスクってどんなヤツっすかね?」
ミダースはラタトスクの姿を説明しなかったし、ギルベルトも質問せずに出発した。イジュンが疑問の言葉を口にすると、ギルベルトが事も無げに言う。
「俺達はもう一度会ってるぜ。ここに来た時にベンチの上でくつろぐリスがいただろう? ミダースの話じゃ奴とラタトスクと呪いを解くための薔薇以外にここに生物はいないはずだ」
彼の説明に納得すると同時に、うんざりとした顔を見せるのはモルガーナだ。
「あんなちっちゃいリスを探すの?」
「何か、探すための手段が欲しいですね」
モルガーナの言葉にビアスも同意した。イジュンもうんうんと頷いている。
「そうだな。で、トーマスには何かいい考えがあるんだろう?」
騎士団長は団員達の困った表情を見回してから、平然としている副団長の顔を見る。
「そうですね……あのリスがラタトスクなら、闇雲に探しても無駄でしょうね。彼は悪戯者だという話です。悪戯が好きという事は、すなわち悪戯を仕掛ける相手を求めているという事です。つまり、こちらから探さなくてもしばらくすればあちらから近づいてくるでしょう」
トーマスの提案に従い、ギルベルト達は薔薇園を一通り回って地図を作った後に、館へ戻って泊めてもらう事にした。
そしてちょうど黒騎士団が離れている間に館へケント達が訪ね、ミダースから話を聞いていた。
「ラタトスクは悪戯者だそうだよ。コレットと気が合うんじゃない?」
「えー、同族嫌悪しそう」
「自分で言うんかい!」
ケントがコレットをからかい、仲間と笑い合っているところにミダースが彼等にとって重大な情報を語った。
「今、疎通者を集めて結成した黒騎士団がラタトスクを探している。団長のギルベルトはケントの知り合いだろう? 協力したらどうだ」
「ギルベルトさんが!?」
一度肩透かしを食らってからの朗報に、いてもたってもいられなくなるケントであった。コーネリアから伝えられた『良からぬ先客』の事は既に頭から抜け落ちている。
――――――
悪戯栗鼠 ラタトスク
才能値 50000