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魔王軍の南進

「進め!」


 ガープの号令で無数のモンスターが人間の軍に向かっていく。魔王軍は毎回ゴールドレイクとフォックスバローを迂回してエルバードへ直接侵攻するのだが、攻められる人間はそれを気にしている余裕はない。これまで攻められる対象ではなかった他種族の者達も気にした事は無かったのだが、今回は違った。


「魔王軍が人間の国を攻めている……見過ごすわけにはいくまい。なあ皆」


「おうっ!」


 蛮族バーバリアンの戦士ライオネルがフォックスバローを避けて進む魔王軍を睨んで言うと、ケント達に命を助けられた蛮族の戦士達が気合の入った返事をした。


「半年前とはわけが違うぞ、魔王軍の悪魔達よ」


 彼等もこの半年間、ケントに教わった鍛練法で技を磨いていたのだ。


「人間だけを狙っているのかい? アタシ達も舐められたもんだねぇ」


 オークの女性が横に立つコボルトの男に話しかけた。


「勇者様がたはゴールドレイクへと向かっている。安心して目的を果たして頂くためにも、我等がエルドベアを守らねばな」


 ドーベルマンの顔を持つコボルト、フロリッツが半年間共に修行をしたレオノーラとボブに目を向け頷いて答えた。


「助けて頂いた恩も返さねばならないからな」


 オークの男性ボブが頷き、仲間達に出陣の準備をするよう伝えに向かう。


「黒騎士団はあの五人だけじゃないってところを見せてやろう」


 ホロウスタッドの青年ジョッシュが、黒い鎧を着た仲間達と頷き合う。エルドベアに集まった人間の軍を見渡し、大きな声で進軍の号令をかけるのだった。


◇◆◇


「まずはヌマネズミの群れをぶつけ、この半年で人間の戦闘力がどれほど上がったのかを探ろう。今回は長く楽しめそうだ」


 魔王軍を指揮するガープが、ゲームをする子供のように楽し気な笑みでモンスター達を動かしていく。人間側のDランク兵が、本来ろくにダメージも与えられないはずのヌマネズミを蹴散らして歓声を上げる光景に、心から楽しそうに笑う青年。


「楽しそうね。でも邪魔が入ったみたいよ」


 黒い鱗の竜人メリュジーヌが予定外の敵襲を報告した。現れたのはゴブリンの群れだった。


「ジャレッドも頑張ってるし、俺達も負けてられないぜ!」


 ケント達と共にゴブリンの王を倒したゴブリンソルジャー達だ。人間と共にヌマネズミを蹴散らしていくと、ゴブリンに加勢された人間達は驚きつつもその状況を受け入れる。


「あの時のゴブリン共か。あれはヌマネズミでは相手にならんな、ダイアウルフ……いや、ミニドラゴンを投入しよう」


 ミニドラゴンとはその名の通り小型のドラゴンだ。翼竜ワイバーンよりは弱いが、そこらのモンスターとは比較にならない強さを持つ。


「うおっ、ドラゴンだ!」


 ワイワイ言いながらミニドラゴンに群がるゴブリン達。一匹に対して数人のゴブリンと人間の混成班が襲い掛かり、一進一退の攻防を繰り広げた。それを眺めるガープは更に楽しそうに笑い声を上げている。


「はっはっは、ゴブリンもやるじゃないか」


 そこに新たな軍勢が西から現れる。オークとコボルトの混成軍だ。


「おや、ゴブリンも人間の仲間になってるのかい? ジャレッドみたいだね」


 オーク達の先頭に立つ大きな斧を肩に担いだ女性が嬉しそうに言った。


「新手か……翼竜で行くか」


 ガープが右手を頭の後ろから前へ振ると、翼竜が群れを成して敵軍へ襲い掛かった。たまらず後退する人間軍を庇うようにコボルト達が整列して前に出る。


「誇り高きコボルトの戦術を見せてやろう」


 フロリッツが手にした指揮杖を前に突き出すと、コボルト達は列を保ったまま前進して連続で翼竜に攻撃を仕掛ける。猛烈な回数の連続攻撃にひとたまりもなく倒される仲間を見ると、すぐに進路を変えてオークの方へ向かう翼竜達。


「オークを舐めんじゃないよ!」


 その翼竜の先頭の一匹に、鋭い一喝と共に斧を振り下ろすと一撃で両断するレオノーラだった。


「見ろ! オークが翼竜を一撃で仕留めたぞ!」


 ガープは子供のようにはしゃいで戦場を見つめている。配下のモンスターが倒されても顔色一つ変えないどころか、大喜びで敵に喝采を送った。


「完全に遊んでいるな」


 そんな魔王軍幹部の様子を見ていた蛮族の戦士達が物陰から飛び出し、一斉に攻撃を開始した。


「あら、久しぶりね」


 戦士達の振るう大剣を、目にも止まらぬ爪の斬撃で弾き返すメリュジーヌ。


「ふむ、蛮族も鍛えてきたようだな。メリュジーヌ、修行の成果を見せる時だぞ」


 変わらず余裕の態度を崩さないガープにウィンクを返して、同じく余裕の態度で蛮族に向かう竜人。


「あの時と同じと思うなよ、悪魔め!」


 半年前の戦いを思い出し、怒りの籠った目でライオネルが睨みつける。


「フフッ、いくら頑張っても越えられない壁ってものを教えてあげるわ」


 それに対しメリュジーヌは口角を上げて笑い、鋭い爪を身体の前で交差させた。


 魔王軍の南進は、かつてない激しい乱戦の様相を呈し始めるのであった。

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