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薔薇園の主

 ケント達はフォックスバロー北部のスロープを馬車で上っていた。


「もうすぐゴールドレイクだね!」


 落ち着かない様子で明るく言うリーダーの様子が、新しい場所に行く時のコレットと同じだと思ってジャレッドが吹き出した。


「まるでコレットみたいですよ、ケント様」


 その言葉にケントが照れたように頭を掻き、コレットが口を尖らせた。


「どういう意味~?」


 笑いに包まれる車内で、突如コーネリアの声が響く。


「そのゴールドレイクだが、良からぬ先客がいるようだ。心して行け」


 彼女とは聖域で別れたはずである。管理者なのだからあの島を離れる事は無いと誰もが思っていた。だが、この声はコレットやジャレッド、マキアにも聞こえた。つまりこの場に人形の身体を持って存在しているという事になる。


「えっ、コーネリア? どこにおるん?」


 マキアが馬車の中を見回すと。いつの間にか座席の隅にピンクのドレスを着た少女が座っていた。


「コネコネ、いつの間に来てたの!?」


 コレットの質問に、コーネリアはクククと笑って答えた。


「もうあそこにいる必要はないのでな。ああ、だが勘違いするなよ? 私は私の目的のために動く。共に戦ってやるつもりはない。私の力が必要ならアベルに授けた召喚術を使うがいい」


 修行の結果、アベルは空狐の力を使うのと同じ要領でコーネリアの力を使う事を許されていた。


「良からぬ先客とは、どのような者ですか?」


 アイリスが彼女の発した言葉を気にすると、高揚した気分に水を差されたケントも頷いて同意しコーネリアの顔を見つめた。


「ふっ、ケントが期待する出会いもあるぞ。魔王軍の幹部が紛れ込んだのだ」


 魔王軍の幹部と聞くと心当たりのある三人の顔が浮かぶ。いずれにせよ強敵との戦いは免れないという事実に身を固くするが、同時に『期待する出会い』という言葉が強くケントの心に刺さった。


(僕が期待する出会い……まさか!)


 コーネリアはそれ以上何も語らない。ケントだけでなく、誰もが不安と期待の入り混じる複雑な気持ちを抱えてゴールドレイクへの到着を待つのだった。




「よく来たな、黒騎士団よ。噂は聞いているぞ」


 ギルベルト達は金の屋敷で秩序の主ミダースと相対していた。彼は髭をたくわえた白髪の老人だったが、奇妙な事にロバの耳を持っていた。


(王様の耳はロバの耳……か)


 ギルベルトは別の世界で耳にした神話を思い出していた。秩序の主は旧支配者の配下であり、その旧支配者は異世界に旅立ったという。あるいは彼が聞いた話は目の前にいる人物をモデルにして作られたものなのではないかと考えたのだった。


「オレ達と同じような疎通者って奴を探してるっす。秩序の主ならわかるっすよね?」


 イジュンが気安く話しかけた。無表情を貫きながらも相手が気難しい相手だったらどうするのかと内心ハラハラするトーマスだったが、彼の心配は杞憂に終わる。


「ああ、わかるぞ。実はそいつがあまりにも悪戯好きで困っているのだ。何とかして大人しくさせてくれんか?」


 ミダースが困ったような表情で依頼をして来たので、黒騎士団は顔を見合わせ、笑顔で快諾するのだった。


「この薔薇園を見ただろう? 薔薇以外何もかもがきんで出来ている。あれは儂の力なのだが、制御が出来ないのだ」


 疎通者の前に自分の話を始めるミダース。老人の話は長くなりそうだとあからさまに態度で示すイジュンとモルガーナを、ビアスがそっと撫でてなだめた。


「儂は他の秩序の主と違い、かつては人間だった。だがある時支配者に願い事をしたのだ、触れるものが黄金に変わる力が欲しいとな。その結果得た力は、儂の意志と関係なく触れたもの全てが黄金に変わるという呪いだった」


 恐ろしい呪いだと、ギルベルトは思った。意志と関係なく何もかもを黄金に変えてしまうなんて、不便などという言葉では表せない地獄だろう。そういえば薔薇園には金の像があったが……と考え、背筋に冷たいものが走るのを感じた。


「それを抑える方法を考えたのが、ラタトスク。お主たちが探している疎通者だ。あやつはここを外界から隔絶した空間とし、薔薇の香りを満たす事で呪いを解く儀式を伝えてきた」


 薔薇園は確かに彼の能力を抑えたという。だが呪いが完全に解ける事は無く、彼とラタトスクはこの場所から出るわけに行かなくなったのだ。


(ここは少なくとも数百年間は湖として認識されているはず。ラタトスクとは一体?)


 話を聞いたトーマスは、ラタトスクという疎通者が少なくとも人間ではない事を確信していた。

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