「ちょっと待って!」
イエネオスが娘を解放しようとした、その時。コレットが待ったをかける。どうしたと振り返る皆に向かって、いたずら妖精は得意気な表情で話を始めた。
「全員先に次元門の場所に行って門が開くのを待ってれば、安全に帰れるでショ」
顔を見合わせる一同。確かに、カロスィナトスを解放するのにケント達がその場で見守る必要はない。先に城の人々を連れて入り口に戻ってから力の封印を行えば危険な事は何もないのだ。
「確かに。なんでそんな簡単な事に気付かなかったのだろう」
イエネオスがあっさりと肯定したので、ケント達は先に戻る事にした。
「だけど、完全に危険がなくなるわけではないよ。次元門を開くのにも時間がかかるし、門を通っている最中にも奴等は襲ってくる」
さすがに何もかも上手くいくほど甘くはなかった。だが、ここから脱出するのに比べれば遥かに達成難易度は下がるだろう。
「というわけで、みんなで帰るぞ」
城の中に戻り、ギルベルトがクラレオを始めE地区の人々に向かって状況を説明すると、歓声が上がった。
中にはここを離れて差別のあるフレスガルドに帰る事を渋る者もいたが、才能値による差別はギルベルトの活躍によってほぼ無くなっているとケントが説明し、なだめた。
「ケント様、まだ慣れないので手を繋いでもよろしいですか?」
アイリスがケントにおねだりをする。何が慣れないのかというと、彼女は神の欠片を失った事で魂の色を視る事ができなくなり、代わりに目でものを見る事ができるようになっていたのだ。自分の目で景色を見ながら歩くのに慣れず、中庭で何度か転びそうになったりもしていた。
「おいおい、そんなこと言われる前に男の方から手を取ってやらなきゃ駄目だろ」
ギルベルトがケントを促し、二人は手を繋いで歩くのだった。
『では始める。敵襲に気をつけてくれ』
全ての人々を次元門の開く場所まで連れてくると、イエネオスの声が届いた。
もう神の力は使えない。あの龍が襲ってきたら、自分達の力でなんとかするしかないのだ。
『ゴロロロロ……』
雷鳴のような唸り声が聞こえた。
アイリスとラタトスクが防壁を張る。剣が届く距離に近づける気もないので、ケント、コレット、ギルベルトは魔法で狙い撃つという方針だ。
巨大な龍の姿が肉眼で捉えられる距離まで近づいてくると、人々から悲鳴が上がる。
ケント達も内心叫びたい気持ちになった。
龍は一匹だけではないのだ。大挙して押し寄せてくるとは言われたが、彼等の想像を遥かに超えた数の群れが全方向からやってきた。その数は少なくとも数十匹にもなる。
「無理無理無理! こんなの相手に出来ないヨ、次元門はまだ?」
一応光の矢を先頭の一匹に飛ばして、すぐに弱音を吐くコレット。
そこに二つの声が届く。
『お前ら無事やったか! 今助けるぞ!』
魔王城からの、アベルの呼び掛け。
『次元門が開く。すぐに飛び込むんだ!』
イエネオスからの指示。
「ちょっと待ってアベル! 守らないといけない人達がいるんだ!」
龍に光の矢を飛ばし、開き始めた次元門に人々を飛び込ませながらケントがアベルを制止する。
『それは出来ん、もう召喚は開始しとるんじゃ!』
ケント達の身体が光に包まれる。まだ多くの人が残っているのに、強制的に呼び出されようとしているのだ。
『
それは、ケントの背後から聞こえてきた。振り返ると、ギルベルトだけが光に包まれていない。
「後は任せろ」
そう言ってギルベルトはニヤリと笑いーーケント達の視界が暗転した。