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第十九話 お止めなさあああああああああああいっ



 塩気を帯びた風が、デッカとリザベルの肌を弄った。規則的に刻まれる「波」の音が、二人の鼓膜を震わせていた。


 今、二人の目の前には「無限」と錯覚するほど広大な「青」が有った。


 その青は「水」だった。それも「無尽蔵」と錯覚するほど大量の水だ。そのような圧倒的な水量を誇る「湖」など、ティン王国には無い。惑星マサクーン上にも、「湖」ならば無い。


 一体、二人は「何」を見ているのか? その答えが、二人の口を衝いて零れ出た。


「「これが――『海』」」


 デッカ達は海に来ていた。二人の目の前には、地表の七割を占める大海「リバイアス」が広がっていた。それを見詰める二人の足下には、白い砂浜が広がっていた。その白い砂粒の地面を、二人は裸足で踏み締めていた。


 デッカ達は「水着姿」だった。


 デッカは「青みを帯びた白いトランクス」を履いていた。

 リザベルは「ほんのり桃色の白いワンピース(フリル付き)」を身に着けていた。

 二人は、リバイアス海が広がる「南側」を向いて、砂浜の上で並んで(デッカの右側にリザベル)立っていた。


 因みに、「白」はティン王国のナショナルカラー。デッカ達は、それぞれ「高貴な出自」であるが故に、衣装も白に拘っている。


 二人にとって「白い衣装」は馴染み深いものだ。着慣れている。しかし、「水着」となれば話は別。殆ど身に着けたことは無かった。

 より正確に言えば「水着を選ぶ際の試着時と、今日このとき」、その二回限り。

 二人は「着慣れていない衣装にして、見慣れていない衣装」を身にまとっている。ぎこちなさが否めないのも、致し方なし、宣なるかな。

 二人とも、人前で水着姿を晒すことに躊躇いを覚えていた。相手の水着姿も真面に見られなかった。それでも、互いに身に着ける必要が有った。


 何故ならば、二人は「海水浴」に来ているからだ。夏だもの、海水浴くらいするだろう。したくなっても仕方がない。さもありなん、宜なるかな。

 しかしながら、ここで疑問が一つ。


 ティン王国に「海は無い」のでは?


 ティン王国の海(リバイアス)は王国北部に広がっている。しかし、その前には峻険な「ピタラ山脈」が立ちはだかっていた。

 ピタラ山脈を越えて海まで出ていく「もの好き」は、王国内にはいなかった。そもそも、デッカ達の前に広がる海は、アゲパン大陸の「南」側に位置していた。


 一体、現在地は「何処」なのか?


 惑星マサクーンの地図を見ると、南方には様々な国が有った。その内の、どれか一つが現在地になる。それらを虱潰しに調べれば、いつか現在地が判明するだろう。

 しかし、そのような手間を掛けずとも、「答えを如実に表す存在」が、砂浜の奥からやってきていた。

 そいつは、哄笑とともに現れた。


「おーっほっほっほっほっほっほっほっ」


 その声は、とても若い、「少女」のものだった。それも、清水のように透き通った美声だった。その美しさ故に、何百メートル先からでもハッキリ内容を聞き取ることができた。当然、デッカ達の聴覚は完璧に「声」を捉えていた。ところが、


「「…………」」


 デッカ達は全く反応せずに、海の方を向き続けていた。


 二人の意識は、完全に海に囚われていた。


 潮騒の音、煌めく細波、どこまでも果てしなく広がる青。デッカ達にとって、海にかかわる全ての要素が新鮮で、感動的だった。司会はもとより、頭の中も「海」一色になっていた。

 その為、「声」のことなど全く意に介していなかった。意に介せなかった。完全に無視していた。

 ところが、「声」の方は、デッカ達を「ロックオン」していた。


「おーっほっほっほっほっほっほっほっ、おーっほっほっほっほっほっほっほっ」


 デッカ達が海に見入っている間、「声」は秒毎で大きさを増した。その中には「複数個の砂浜を踏む足音」が混じっていた。その事実は、デッカ達に危機的状況を知らせていた。


 デッカ達の許に「謎の集団」が迫っている。


 普段のデッカ達なら気付けたはずだ。対処も容易だったはずだ。二人には、それだけの能力が有った。ところが、


「海。良いな、海」

「ええ、とても良いですわ」


 デッカ達は全力で無視していた。その間にも「哄笑と足音」は近付いていた。その音の「正体」は、デッカ達が横を向けば直ぐに判明した。しかし、


「海。これが、うん。海、海か」

「ええ、これが海。海なのですわ」


 デッカ達の視線と意識は「海」に釘付けだった。その為、相手の正体を確認しなかった。その怠慢のツケは、直ぐ様支払う羽目になった。


 デッカ達が海に見入っている最中、唐突に哄笑と足音が止まった。

 今まで散々聞こえたものが、唐突に聞こえなくなった。この変化を、デッカ達は気付けたのか? その結果を知る前に、「哄笑の主」と思しき声が、「真面な言葉」を発した。


「デッカ殿下、それから――リザベル辺境伯令嬢」

「「!」」


 名前を呼ばれて、漸くデッカ達は「そちら」を向いた。すると、二人の視界に「複数の女性の姿」が飛び込んできた。


 その数「九」。先頭の一人を除いて、二列縦隊で整列していた。


 女性達は全員「水着」を身に着けていた。その格好を見て「海水浴客」を想像する者は存外に多いだろう。しかし、その可能性に頷き掛けた者は、直ぐに首を捻る羽目になった。


 女性達は、「只の海水浴客」と思えなかった。不審に思える要素が幾つか有った。

 先ず、女性達の水着。全員「赤いワンピース(フリル付き)」で統一されていた。しかも、殆どの者が「ヘッドドレス」と「腰巻エプロン(フリル付き)」を着けている。その格好を見て「侍女」を想像するものは存外に多いだろう。


 赤い水着の侍女。その異質さは、通常の海水浴客の三倍。その珍妙な集団の中に在って、唯一人、「侍女セット」を身に着けていない者がいた。


 集団の最前列に一人で立つ、赤い水着の女性、いや、幼い。「少女」というべきか。彼女は両足を大きく開き、両腕を組んで、偉そうにふんぞり返っていた。

 その態度や様子を見れば、誰もが「集団の頭目はこいつ」と直感する。しかし、その可能性を想像した者の中には、首を捻る者もいるかもしれない。


 少女は小さかった。彼女の身長は、他の女性達、及びリザベルよりも「頭二つ分」ほど低い。デッカの腰くらいまでしかない。リザベルと同程度の長髪が臀部まで届いていた。

 それらの事実は、見る者に「幼さ」を覚えさせた。その上、少女は前髪を上げてオデコを出していた。

 その髪型は、少女の「自己肯定感の高さ」を想像させた。しかし、それ以上に「幼さ」を覚えさせた。


 誰の目から見ても「十代前半」くらい。その外観から、この九人の女性団を「お子様と、複数の保護者達」と直感した者は、存外に多いだろう。

 しかし、「その」想像は全くの的外れだった。


 少女は、間違いなく集団のリーダーだった。彼女には、「他の者に勝って余り有る特徴」が有った。「それ」が、お尻から生えていた。


 少女の尻から生えていたもの。それは爪の生えた「尻尾」だった。


 大きな尻尾だった。少女の半身ほどもあった。その巨大な物が、天に向かって突き上がっていた。

 その様子は、中指を突き立て――いや、うん。「蠍の尻尾」を彷彿とさせた。

 尤も、蠍と違って、爪の先に毒は無かった。刺されても、精々穴が開く程度で済んだ。寝ぼけて自分の尻を刺したとしても、涙目になるだけで済む(要、我慢)。


 何れにせよ、デッカ達のティン(或いはティンティン)同様、特異な部位には違いない。そんな異物が生えている時点で、普通の人類種とは思えなかった。

 しかしながら、その特徴は少女に限った話ではなかった。


 赤い水着の侍女達にも、「爪付きの尻尾」が生えていた。

 尤も、侍女達の尻尾は少女のものより二回りほど小さかった。しかし、それは一本ではなかった。


 その数、何と「三本」。


 人類種どころか、他の生物から見ても「珍妙」と思える特徴だった。

 しかし、その奇異さは、「オデコ出し少女(仮称)」の前では霞んだ。


 オデコ出し少女の巨大尻尾は、何と「八本」も生えていた。


 オデコ出し少女の尻尾は、大きさでも、数でも、赤い侍女達を圧倒していた。その事実が、彼女をより一層「特別な存在」にしていた。


 実は、尻尾は少女達の国に於ける「アイデンティティ」と言えるものだった。そう、ティン族のティン同様に。

 しかしながら、ティン族と違って「大きさ」は、余り重視されていなかった。


 少女の国に於ける優劣の基準、それは――「尻尾の数」。


 少女の国の王は、種族最多の「九本尻尾」だった。それ以上の者は、種族の歴史上にはいなかった。その事実を鑑みると、「八本尻尾はやんごとない身分のお方」を分かる。分からない方がどうかしている。それなのに、


「「…………」」」


 デッカは物凄いジト目で「オデコ出し少女」を見詰めていた。リザベルも、デッカの背中越し(デッカの犠牲により、相手は命拾いした)に凶器(誤字じゃないよ)の眼差しで見詰めていた。

 それぞれの視線を浴びた少女は、少し眉をしかめた。しかし、直ぐに気を取り直して、


「海はお気に召しまして?」


 少女はデッカ達に感想を尋ねた。彼女には、その答えを知る権利が有った。彼女がその気になれば、強要もできた。それだけ権威を持つ立場に、彼女は立っていた。 

 少女は正真正銘「やんごとない身分」の存在だった。


 その少女の名前は「レティシア・アキネイ」という。その名前が示す通り、大陸南方の雄、「アキネイ帝国」の王族、第一皇女だった。

 見た目はあれだが、実はデッカ達と同い年である。


 因みに、レティシア達の水着の色、「赤」はアキネイ帝国のナショナルカラーだ。

 それは兎も角として、何故、アキネイ帝国の皇女が、デッカ達の前に現れたのか? その答えは「現在地」に有った。


 現在地はアキネイ帝国の最南端、「皇族専用のプライベートビーチ」だった。

 皇族の私有地に皇族がいることに不思議は無いだろう。むしろ、デッカ達の方が異質な存在だった。


 何故、デッカ達が「ここ」にいるのか? その答えは、デッカ達の前で踏ん反り返っているオデコ出し少女、レティシアに有った。


 実は、デッカ達は「レティシアに招かれて」、この地に遊びにきていたのだ。


 デッカ達が海を見ることができたのは、レティシアのお陰だった。デッカ達にとっては「恩人」といえる存在だろう。頭の一つも下げて良いところだ。ところが、


「「…………」」


 デッカも、リザベルも、無言のままジッとレティシアを見ていた。その反応は「失礼」という他無い。レティシアにしてみれば、「喧嘩を売られている」と思っても、仕方がない。さもありなん、宜なるかな。

 しかしながら、デッカにしても、リザベルにしても、レティシアに喧嘩を売る気など毛頭無かった。


 デッカ達は「言葉を無くすほど」、現況(海)に感激していた。その感動を与えてくれたレティシアに感謝していた。


 このご恩、どのようにして報いれば良いのだろう?

 この感謝、どのようして伝えれば良いのでしょう?


 デッカも、リザベルも、「最大級のお礼」を考えていた。その心意気は褒めてやりたい。

 しかし、ここで残念なお知らせ。デッカ達の海に対する感激の度合いが高過ぎた。上限を突破していた。その為、衝撃で頭のネジが何本か緩んでいた。


 やはり、「これ」以上のものは無いか。

 そうですわね。「これ」以上のものは、ちょっと考えられませんわ。


 デッカ達は、「自分基準」で、「自分達(ティン族)が一番嬉しいお礼」を想像していた。

 二人が想像した「これ」とは何ぞや? その答えは、二人の態度によって示された。


 デッカ達は、それぞれ「レティシアの蟀谷」を見詰めていた。続け様に、どこからともなく「手袋」を取り出した。その行為は、レティシアの視界にも映っていた。


「何――ですの?」


 レティシアは可愛らしく小首を傾げた。その反応に対して、デッカ達は「ティン族最大級の謝意」で応えた。


 デッカとリザベルは、右手に手袋を嵌めた。続け様に、右手を「レティシアの蟀谷」に伸ばした。その行為もまた、レティシアの視界にシッカリ映っていた。


「え? ちょっと――」


 レティシアとしては「待て」と制止するつもりだった。しかし、デッカ達の行動の方が速かった。

 レティシアが声を上げた瞬間、デッカはレティシアの右の蟀谷を、リザベルは左の蟀谷を、それぞれ摘まんでいた。その瞬間、


「!?」


 レティシアは息を飲んだ。後ろに控えた侍女達は色めき立った。それを、レティシアが右手を上げて制した。その上で、


「あの? 何をしているのでしょう?」


 冷静に、デッカ達の行為の意味を尋ねた。すると、デッカも、リザベルも、一旦右手の動きを止めた。続け様に、デッカはリザベルを見た。リザベルはデッカを見た。

 二人の目が有った。


「「…………」」


 一瞬、ほんの一瞬だけデッカ達は無言で見詰め合った。それと殆ど同時に、二人はコクリと頷き合った。

 その直後、デッカ達は「レティシアの蟀谷弄り」を再開した。その行為は、レティシアの想像を超える「無法」だった。


「なっ!?」


 レティシアの目が大きく開かれた。彼女にとって、デッカ達の行為は全くの予想外にして想像外。謎、謎、謎だらけだった。彼女でなくとも、殆どの人類種には理解不能だ。

 唯一理解できる種族は、デッカ達ティン族のみ。

 そう、ティン族ならばデッカ達の行為の意味が分かる。彼らは、きっと自分のティン(或いはティンティン)を弄りながら、レティシアに羨望の眼差しを向けたことだろう。


 デッカ達は、海に招かれたお礼として、「レティシアのティンティンを大きくしよう」としていたのだ。


 ティン族にとって、「これ」以上の褒美は無い。しかし、それは「ティン族にとってのご褒美」であって、他の種族には何の意味もない。意味不明だ。

 当然ながら、他種族であるレティシアにも意味不明。それなのに、デッカ達は弄った。レティシアの蟀谷を弄った。その行為に晒されるほどに、レティシアの頭上に「?」が次々沸いた。


「だから、これは何なんですの?」

「「…………」」

「いい加減にして下さいっ」

「「…………」」


 レティシアの頭上には、数えきれないほどの「?」が沸いていた。それにもかかわらず、デッカ達はレティシアの蟀谷を弄り続けた。それほどまでに、二人は海に感動していた。それほどまでに、二人の頭のネジは緩んでいた。

 しかしながら、ものには限度が有った。


 終にレティシアの堪忍袋の緒が切れた。


「もう、もう、お止めなさあああああああああああいっ!!」


 広大な砂浜に、少女の怒声が轟いた。


 この件でデッカ達は大目玉を食らった。しかしながら、後日、二人はレティシア、及びアキネイ皇帝から感謝されることになる。


 実は、デッカ達の行為には「効果」が有った。


 デッカ達のティン力によって、レティシアの尻尾は八本から二本増えて、「十本」になってしまったのだ。

 かくして、レティシアは「アキネイ帝国史上最多尻尾」という伝説の偉人となったのだった。

 めでたし、めでたし。

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