長い沈黙の中、楪はずっとトウヤに抱きしめられていた。
彼の胸に耳を当てると、大きく跳ねる心臓の音が聞こえる。
嫌ではない。むしろ彼の真剣さが伝わって嬉しいと感じていた。
「トウヤ……私は……」
「わかっている。俺がここを去る時になったら、俺のことは忘れてくれ」
「そうじゃなくて……」
神籬楪は迷っていた。
立場上、彼の好意を受け入れることには問題があった。
神籬家に生まれ、幼い頃から霊力の才能を見出され、一流の討魔師になるべく修行を続けてきた。それが意味することは彼が……トウヤがいずれ滅ぼさなければならない対象であるということだった。
しかし彼の事を知れば知るほど、彼女の心は揺れていた。
トウヤとはほんの一週間、それも日に一時間程度を共に過ごしただけだが、色々な話をした。彼の人生はまさに壮絶だった。正体が分かれば迫害を受け、何度も住居を追われた。信じていた人間にも裏切られてきた。ただ平和に生きたい。そんなささやかな願いさえ踏み躙られてきた彼を、どうして滅ぼすことができるだろうか。今の彼女に答えを出すことはできなかった。
「………」
どのくらい時間が経っただろうか。
夕陽が沈み始め、辺りは次第に暗闇を纏おうとしていた。
「トウヤ……私そろそろ……」
「あ、あぁ……」
彼女がそう言うと、トウヤは名残惜しそうに体を離した。
「じゃあ……明日また来るから……」
そう言って森へ歩き出そうとした、その時だった。
「あっ……――――」
突然、彼女の視界が歪んだ。立ちくらみのような感覚。
まただ。またこの感覚。
全身から力の抜けるような、強い虚脱感。
「……ッ! 楪っ!!」
トウヤが崩れかかった彼女を抱き止める。
「ト……トウヤ……」
「しっかりしろ楪……楪!!」
彼の声が遠くで聞こえる。
ごめんなさい……私は貴方を―――――
そのまま彼女は意識を失った。
******
目を覚ますと、木の天井が見えた。
「………」
ぼんやりとした眼を擦ると、徐々に記憶が蘇ってくる。
「……! いけないっ。私、どうしたんだっけ!?」
勢いよく布団から起き上がる。
(あれ……布団?)
辺りを見回すと、見覚えのある部屋。
自分の寝室だった。
いつの間にか自宅に帰っていて、いつ着替えたかわからないが寝巻を着ていた。
「え? え! 何……私、どうなってるの……?」
わけもわからず呆然としていると、
「目が覚めたか?」
戸が開き、声の主が現れた。
「お、お姉ちゃん……」