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第4話 不調の原因

「お、お姉ちゃん……」


 そこには楪の姉、雅が立っていた。


「まったく……散歩に行くと言って出掛けたと思ったら、屋敷の前で気を失っていたんだぞ。一体何があったんだ?」

「屋敷の……? たしか私……そうだ。急に眩暈がして……それから」


 それからトウヤに……あれ? トウヤに何を言おうとしたんだっけ。

 ……! そうだ! トウヤは!


「お姉ちゃん! 私、森の中で気を失って……気がついたら布団で寝てて。でもどうやって帰ってきたのか覚えてなくて……それで」

「落ち着け。私がお前を見つけてこの部屋に運んだんだ。他にこのことを知る者はいない。お爺様にも見つかっていない」


 楪はそれを聞いてホッとした。

 一族の当主である祖父にバレたら、大騒ぎになるだけでは済まないだろう。


「衣服の乱れもなかったし、獣に襲われたわけでもないのだろう。自力で無いとすれば、誰かがお前をここまで連れてきたということになるが」

「ごめんなさいお姉ちゃん! また今度、詳しい事情は説明するから!」

「お、おい……!」


 楪は布団から起き上がると、急いで服を着替え、修練場へ向かう。

 今朝の修行の時間が迫っていた。



 ******


 屋敷から飛び出し、長い廊下を走る。

 修練場に到着すると、そこには座禅を組んで瞑想する老人がいた。

 神籬家の現当主にして彼女の師、神籬権現ひもろぎごんげんだった。

 権現はゆっくりと立ち上がると、楪の姿を見た。


「……4秒遅刻じゃ」


 息を切らしながら入ってきた楪に向かって、権現は厳しい言葉を突きつけた。

 この老人、普段は気の良い好々爺といった感じだが、修行や家のことになると非常に厳しい人物だった。


「も、申し訳ありませんお爺様!」

「お前にしては珍しいの。ふむ、かの?」


 楪はギクリと肩を震わせた。もしかして気づかれている―――?


「いえ!今朝はその……つい起きるのが遅れてしまい」

「まぁよい。最近修行内容も過酷になってきたからの。疲れが溜まることもあろう。早速じゃが時間が惜しい。始めるぞ」

「はい! 本日もご指導お願いいたします!」



 ******



「そこまで!」


 権現の合図とともに、楪がスッと力を抜く。

 ところが修行開始から2時間程度しか経っていない。


「修行はこれで終わりじゃ。午後も今日は休みとする」

「ハァ……ハァ……え? でも今日はまだ……」

「心に迷いが見える。このワシが気が付かないと思ったか。これ以上は言わぬ。今日はここまでじゃ」


 そう言って権現は修練場の奥に姿を消した。

 呆然と立ち尽くす楪。


「ふぅ……」


 その場にドサリを座りこみ、額の汗を拭った。

 やはり、お爺様に誤魔化しは通用しなかったようだ。

 

 こんなことは今まで経験がなかった。


「なんだろう……私の体、一体どうしちゃったのかな……」


 このまま修練場にいても仕方ないので、一旦シャワーを浴びに屋敷に戻った。



 ******


「…………はぁ」


 昼食を食べながら、楪は昨日あったことを思い出していた。

 恐らく気を失ったあと、彼が自分を屋敷の傍まで運んでくれたのだろう。

 あの時のトウヤの真剣な眼差し。抱きしめる力の強さ。伝わってくる体温。

 考えるだけで胸の鼓動が高まる。

 彼は自分の気持ちをはっきり伝えてくれた。

 これからどんな顔で彼に会えばいいんだろう。


「……い。……ぉい。おい、楪!!」

「は、ひゃいっ!」


 姉に呼びかけられ、楪は我に返った。


「まったく……ボケーっとして。食事中は食事に集中しないか」

「ご、ごめんなさい……お姉ちゃん。ちょっと考え事してて」


 雅は心配そうに妹の顔を見た。


「……今日の修行、中止になったと聞いたぞ。なにがあった」

「なんでもないよ。ただちょっと体調が優れないというか」

「お爺様が中止にしたということは、よほどのことだ。それに昨日の件もある。これは純粋に姉として、妹を心配しての質問だ。なにか隠していることがあるんじゃないか?」

「………」


 楪は少し考えてから答えた。


「あはは……お爺様やお姉ちゃんに隠し事はできないね。実は……」


 他言無用を条件に、楪は事情を姉に話した。



「霊力の消失、それにトウヤと名乗る妖魔か……」


 最初は驚いていた彼女だったが、次第に落ち着いて原因を考察し始めていた。

 雅もまた優秀な才能を持ち、姉として4年早く神籬の家に生まれてきた。

 今では本家の顔役、政府との交渉事など多岐にわたって仕事をしている。

 霊力に詳しい姉ならば、自分の不調に何か心当たりがあるかもしれないと、楪は期待していた。

 だが、彼女の口から発せられた言葉は残酷なものだった。


「もしやそのトウヤという男、お前の霊力を喰っているのかもしれんぞ」

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