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第5話 楪の決意

「え……?」


 雅の言葉は衝撃的だった。

(彼が……私の霊力を喰らっている……?)


「お姉ちゃん、それはどういう……」

「妖魔の中にはごく稀に、他人から霊力を吸い取って自らの糧とするタイプが存在する。そのトウヤという男、本人に自覚があるかわからないが、症状がここ一週間の出来事であることを考えると、そのタイプの可能性が高いだろう」


 トウヤが自分の不調の原因かもしれないという可能性に、楪は激しく動揺した。

(そうだ。あの時彼に抱きしめられてから……気を失って……)


「恐らくお前が近くにいたことで、やつの回復が早まっていたのだろう。なんということだ……私の妹にこのような……」

「待って! まだ彼が原因とわかった訳じゃ……」

「甘いぞ楪!!」


 雅は妹を怒鳴りつけた。驚いた楪を見て、はっと我に返る。


「……大きな声を出してすまない。だが聞いてほしい。お前はまだ若いから仕方ない部分もあるが、妖魔は本来人間に友好的な種ではない。中には甘言を弄して人間を利用するものもいる。これはお前が神籬家の後継者だから言っているのではない。姉としてお前を心配している。無辜の人々を守るためにも、その妖魔は滅ぼすべき存在だ」


 昔から姉の言うことはいつも正しかった。今回のこともそうだと、楪自身も本当はわかっていた。しかし。


「ごめんなさいお姉ちゃん。私、どうしても彼に悪意があるとは思えないの。だからもう一度彼に会って話を聞いてくる。」

「いかんぞ楪! やつのところへ行くことは許さん。これは命令だ。どうしてもと言うのならば……」

「それでも!!」


 楪は姉の言葉を力強く遮った。


「たしかに私は甘いのかもしれない……でも私は彼の事情も知らないままで、彼を滅ぼしたくない。彼が嘘をついていたとしても、私は私自身に納得する生き方がしたい!」


 楪の目に強い意志が宿っていた。

 力ずくでも彼に会いに行く。たとえ姉と対立することになったとしても。

 そんな妹の決意を感じ取った雅は、意外な反応を見せた。


「……ふ、ふふ……ふふふ。はっはっはっはっ!」


 彼女は笑っていた。

 予想外のことに、楪は呆気にとられた。


「はは……すまん。昔から私の後ろばかり付いてきたお前が、ここまで自分の意志を貫こうとしているとは。こんな強情なお前は見たことがないのでな、つい」

「ごめんなさい、お姉ちゃん……」

「いいんだ。私もその妖魔のことは気になっている。会いに行くなら早く行け。ただし、私も同行させてもらう。また倒れられても危険だからな」

「お姉ちゃん……ありがとう。私、私……!」


 泣きそうになる妹の頭を、姉は優しく撫でた。


「よく頑張ったな。自分の生き方を貫きたいと言ったお前は、今日大きく成長したんだ。姉として嬉しい限りだ。……さて、そうと決まれば善は急げだ。食事が済んだら早速出掛けよう」


 雅は残りのトーストを口の中に押し込んだ。

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