「そうだったのか……俺のせいで」
話を聞き終えたトウヤはかなり動揺していた。
自分自身にそのような自覚はなかったが、傷の治りが普段より早いことは不思議に思っていたらしい。
「すまなかった。俺は君に迷惑をかけてばかりだな……」
想像以上に落ち込んでいる。
そんな彼を楪は励ました。
「ううん、貴方に悪意がないことがわかっただけで、私は充分よ。私の方こそ疑われるようなことをしてごめんなさい」
「いや……事情も聞かずに襲いかかった俺が悪い。それよりも」
トウヤは一呼吸置いた。
「俺は今まで、他者と関わることを極力避けて来た。君たちの見立て通り、俺は楪の霊力を勝手に吸い取っていたのだろう。……どうやら俺は、人間にとってはいるだけで不幸を振り撒く存在のようだ」
「っ! そんなこと……!」
「いや、いいんだ。ところで雅さん、見逃して貰えるのであれば、俺はすぐにでもここを出ていきます。そして、決して人間に危害を加えることはしないと誓います」
「それが貴様の決意か」
「そうです。俺の力の正体がわかった以上、誰かと共に歩むことはできない。俺はどこか遠くで、楪を想って静かに暮らすことにします」
楪の胸がズキリと痛んだ。
雅は部屋の隅で腕を組みながら聞いていた。
「……それが貴様の決めたことならば、私から言うことはない。だが、ひとつだけ問題が残っているぞ」
雅は楪のほうを向いた。
「楪。お前の気持ちはどうする」
「私は……」
本心は決まっている。彼に行ってほしくない。
だがそれは、あまりにも儚い理想だった。
現実は甘くはない。
「私は……」
言葉が出てこない。言ってしまえばそれは現実になる。
神籬の巫女としての使命と、自分の気持ちの間の狭間で大きく揺れていた。
自分のちっぽけな願いが家族を、一族を裏切ることになる。
彼女にそれはできなかった。
「私も……っ! 貴方が好き……! でも、貴方の気持ちには答えられない……それが私、
声に出てしまった言葉は戻らない。
楪の目から涙が溢れた。
どうしてこんなに悲しいの。
今まで辛いことがあっても、滅多に泣いたことなんてなかったのに。
今すぐ貴方に触れたい。
駄目だ。触れればまた決意が折れてしまう。
「ごめんなさいっ、トウヤ……」
彼女の言葉を受け、トウヤは優しく微笑む。
「それでいい。君は自分の使命を選んだ。一瞬でも夢が見られた。俺はそれだけで充分なんだ」
トウヤは扉の方向へ歩き出した。
「ではそろそろ行きます。楪、今まで世話になった。もう会うことはないと思う」
楪の後ろでガラガラと扉の開く音がする。
彼が行ってしまう。
待って。一言そう言えば彼は止まってくれるだろう。
その一言が、どうしても喉の奥から出てこない。
「本当にそれでいいのか?」
「……!?」
言葉の主は、雅だった。
「どうなんだ。楪も、トウヤも」
二人は動きを止め、暫く沈黙が続く。
「……わけない」
最初に言葉を発したのは楪だった。
「そんなわけない!!!」
楪は叫び、足が勝手に動き出す。トウヤの背中に手を伸ばし、そっと触れる。
トウヤの体は震えていた。
「行かないで、トウヤ……!私はやっぱり……貴方と離れたくない…!」
「しかし、それでは君の体が……!」
「トウヤがいないと駄目なの……!気がついたの。本当の私は、いい子なんかじゃない。自分の気持ちを犠牲にしたくないただの子供。でも、それも私という、
幼いころより家の期待を背負って生きる彼女。
常に優秀でなければならない彼女。
不自由なく生きてきたが、心はずっと鳥籠の中にあった。
生まれて初めて、彼女は籠の外に手を伸ばしたのだった。
楪はトウヤの手をぎゅっと握った。離したくない。今この手を離せば、彼が本当にいなくなってしまう気がした。
「……女の子にここまで言わせて、さようなら、とはいかないな」
トウヤは振り向き、楪の頭を軽く撫でた。
楪はぎゅっと抱きしめてくる。
(……本当は俺も、彼女の気持ちに答えたい。しかしどうすれば……)
暫く二人の様子を見ていた雅がこちらに歩いてきた。
「方法がないわけじゃない」
「え……」
「トウヤ。貴様は楪の気持ちに答える覚悟があるか?」
「もちろんです」
「では、死ぬ覚悟はあるか」
「……」
しばしの沈黙のあと。
「俺は、死ねません。楪のために、生きなければなりません。そのためには、なんだってします」
「ふむ……そうか」
雅はそう呟くと、出口へ向かって歩き出した。
「ならば、ついてこい。お前の覚悟見せてもらうぞ」