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第7話 籠の中の鳥

「そうだったのか……俺のせいで」


 話を聞き終えたトウヤはかなり動揺していた。

 自分自身にそのような自覚はなかったが、傷の治りが普段より早いことは不思議に思っていたらしい。


「すまなかった。俺は君に迷惑をかけてばかりだな……」


 想像以上に落ち込んでいる。

 そんな彼を楪は励ました。


「ううん、貴方に悪意がないことがわかっただけで、私は充分よ。私の方こそ疑われるようなことをしてごめんなさい」

「いや……事情も聞かずに襲いかかった俺が悪い。それよりも」


 トウヤは一呼吸置いた。


「俺は今まで、他者と関わることを極力避けて来た。君たちの見立て通り、俺は楪の霊力を勝手に吸い取っていたのだろう。……どうやら俺は、人間にとってはいるだけで不幸を振り撒く存在のようだ」

「っ! そんなこと……!」

「いや、いいんだ。ところで雅さん、見逃して貰えるのであれば、俺はすぐにでもここを出ていきます。そして、決して人間に危害を加えることはしないと誓います」

「それが貴様の決意か」

「そうです。俺の力の正体がわかった以上、誰かと共に歩むことはできない。俺はどこか遠くで、楪を想って静かに暮らすことにします」


 楪の胸がズキリと痛んだ。

 雅は部屋の隅で腕を組みながら聞いていた。


「……それが貴様の決めたことならば、私から言うことはない。だが、ひとつだけ問題が残っているぞ」


 雅は楪のほうを向いた。


「楪。お前の気持ちはどうする」

「私は……」


 本心は決まっている。彼に行ってほしくない。

 だがそれは、あまりにも儚い理想だった。

 現実は甘くはない。


「私は……」


 言葉が出てこない。言ってしまえばそれは現実になる。

 神籬の巫女としての使命と、自分の気持ちの間の狭間で大きく揺れていた。

 自分のちっぽけな願いが家族を、一族を裏切ることになる。

 彼女にそれはできなかった。


「私も……っ! 貴方が好き……! でも、貴方の気持ちには答えられない……それが私、なの……!」


 声に出てしまった言葉は戻らない。

 楪の目から涙が溢れた。

 どうしてこんなに悲しいの。

 今まで辛いことがあっても、滅多に泣いたことなんてなかったのに。

 今すぐ貴方に触れたい。

 駄目だ。触れればまた決意が折れてしまう。


「ごめんなさいっ、トウヤ……」


 彼女の言葉を受け、トウヤは優しく微笑む。


「それでいい。君は自分の使命を選んだ。一瞬でも夢が見られた。俺はそれだけで充分なんだ」


 トウヤは扉の方向へ歩き出した。


「ではそろそろ行きます。楪、今まで世話になった。もう会うことはないと思う」


 楪の後ろでガラガラと扉の開く音がする。

 彼が行ってしまう。

 待って。一言そう言えば彼は止まってくれるだろう。

 その一言が、どうしても喉の奥から出てこない。


「本当にそれでいいのか?」

「……!?」


 言葉の主は、雅だった。


「どうなんだ。楪も、トウヤも」


 二人は動きを止め、暫く沈黙が続く。


「……わけない」


 最初に言葉を発したのは楪だった。


「そんなわけない!!!」


 楪は叫び、足が勝手に動き出す。トウヤの背中に手を伸ばし、そっと触れる。

 トウヤの体は震えていた。


「行かないで、トウヤ……!私はやっぱり……貴方と離れたくない…!」

「しかし、それでは君の体が……!」

「トウヤがいないと駄目なの……!気がついたの。本当の私は、いい子なんかじゃない。自分の気持ちを犠牲にしたくないただの子供。でも、それも私という、!!」


 幼いころより家の期待を背負って生きる彼女。

 常に優秀でなければならない彼女。

 不自由なく生きてきたが、心はずっと鳥籠の中にあった。

 生まれて初めて、彼女は籠の外に手を伸ばしたのだった。

 楪はトウヤの手をぎゅっと握った。離したくない。今この手を離せば、彼が本当にいなくなってしまう気がした。


「……女の子にここまで言わせて、さようなら、とはいかないな」


 トウヤは振り向き、楪の頭を軽く撫でた。

 楪はぎゅっと抱きしめてくる。

(……本当は俺も、彼女の気持ちに答えたい。しかしどうすれば……)


 暫く二人の様子を見ていた雅がこちらに歩いてきた。


「方法がないわけじゃない」

「え……」

「トウヤ。貴様は楪の気持ちに答える覚悟があるか?」

「もちろんです」

「では、死ぬ覚悟はあるか」

「……」


 しばしの沈黙のあと。


「俺は、死ねません。楪のために、生きなければなりません。そのためには、なんだってします」

「ふむ……そうか」


 雅はそう呟くと、出口へ向かって歩き出した。


「ならば、ついてこい。お前の覚悟見せてもらうぞ」


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