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第8話 神籬の試練

 屋敷に戻ると既に陽は落ちていた。

 雅は少し話があると言って、屋敷の奥に入っていった。


「お姉ちゃん、なにか策があるみたいだけど……」


 楪は不安そうにトウヤを見上げた。

 雅に言われるまま、トウヤは屋敷まで連れてこられていた。


「まさか俺が、討魔師の総本山に来ることになろうとはな……もしかしてここで殺されたりしないよな?」

「そんな騙し討ちみたいなことしないと思うけど……」

「頼むからちゃんと否定してくれ……今だって心臓が破裂しそうなんだ」


 トウヤは楪の手を握っていた。


 暫く門の前で待っていると、使いの者がやってきた。


「ようこそ神籬家へ。あなたがトウヤ様ですね。当主より本殿へ来るようにと仰せつかっております。楪様も、どうぞこちらへ」


 使用人に案内され、二人は門をくぐる。

 広大な敷地と巨大な建物に、トウヤは目を見張った。

 苔むした瓦屋根と提灯の灯り、中央に聳える屋敷が本殿とのことだ。


「楪、君の家ってお金持ちだったんだな」

「うーん、私はあまり外に出たことがないからわからないけど……広すぎて移動に苦労しているのは確かね」

「一体この家にどれだけの人が暮らしているんだ……?」

「昔はもっと人がいたみたいだけど、今はお爺様とお姉ちゃんと私、あと使用人が4人。たまに出張からお母様が帰ってくるくらいかな――」


 ******



「来たか」


 本殿道場に通されると、雅と権現が正座して待っていた。


「やあ、君が噂のトウヤ君か。話は伺っておるよ」


 ニコニコと話す権現。この老人から敵意は感じられない。

 しかし、その笑顔の裏に見え隠れする威圧感に、トウヤは圧倒されていた。


「初めまして。トウヤと言います。今日はお招きいただきありがとうございます」

「よろしく。この本殿に妖魔が入ったのは、神籬の長い歴史でも君が3人目じゃ」


 楪は驚く。雅もこのことは初耳だった。


「お爺様、それは本当ですか?この本殿に妖魔が?」

「そうとも。そもそもこの神籬家の成立には、ある妖魔が深く関わっておる。……これ以上は話が逸れそうじゃの。さて、トウヤ君」

「はい」

「実は、君のことはずっと監視しておった。この神籬の敷地内で起こったことは、ワシには手に取るようにわかるのじゃ。じゃがワシは君を放っておいた。何故かわかるか?」

「……! いえ、わかりません……」

「誤解されがちじゃが、神籬が妖魔を攻撃するのは手段であって目的ではない。我らの望みはただ一つ、国家の安寧じゃ」

「……」

「君を襲ったのは確かに神籬家の者じゃ。一族の中には妖魔を滅ぼすことに固執する者もいる。君に危害を加えたことは、本家のワシの立場からすれば本意ではない。当主として申し訳なく思う。」


 権現はスッと頭を下げた。


「や、やめてください権現様! 俺はもう恨みはありません。楪と出会えただけで、俺には十分なんです!」

「そして、楪と添い遂げたいと?」

「……っ!」


 トウヤと楪の顔がみるみる赤くなった。


「……はい。ですが私は、自分の力が彼女を傷つけていることを知りました。このままでは楪の身に影響が……」


 権現はお茶を一杯、ずず……と口に含んだ。


「雅から聞いておるじゃろうが、方法がないわけでもない」

「ええ。それを聞きに参りました」

「霊力操作は、なにも神籬家の専売特許ではない。妖魔である君にも可能なものじゃ。君が望むなら、ワシが直々に稽古をつけてやろう。うまくいけば、自分の意思で力を完全に抑えることも不可能ではない」

「……!」


 二人は顔を見合わせる。


「俺、やります! それが彼女といられるただ一つの方法ならば、躊躇う理由はありません!」

「まぁ落ち着け。そうじゃのう……ま、君頑張り次第で半年といったところじゃの」

「半年……」

「しかも死に物狂いでやってもらうぞ。全くの素人である君には、つらく苦しい毎日になるはずじゃ。それでもやる覚悟があるのか?」

「……もとより、楪がいなければ失っていた命です。彼女のためならば、必ずやり遂げてみせます!」

「トウヤ……」

「楪。俺は必ず修行を終えて、君を迎えにいく。少し待たせてしまうが、俺を信じてくれないか……?」

「……うん、待ってる! 私も、貴方に負けないように頑張るから!」


 楪がトウヤの手にそっと額を寄せ、目を閉じた。『絶対だよ…』と小さく呟く。


「ふ、話は纏まったようじゃの」


 権現は立ち上がり、トウヤへ近づく。


「トウヤ君、手を出したまえ」


 言われた通りトウヤは手を差し出す。

 権現がその手を握ると、握手した手がほのかに光りだした。


「ふむ、ふむ。……良き魂じゃな。稽古のつけ甲斐がありそうじゃ」

「……! はい、これからよろしくお願いいたします、権現様!」

「今夜は泊まっていくといい。すぐに部屋を用意させよう。ワシはまだ一仕事があるのでな、これで失礼するよ。」


 そう言って権現は姿を消した。


「……はぁ〜〜〜〜」


 緊張の糸が切れ、トウヤはその場にへたり込んだ。

 ずっと黙って聞いていた雅が、二人を祝福した。


「よく言った! 楪、トウヤ。二人なら乗り越えられると信じていたぞ」

「ありがとうお姉ちゃん! まさかこんなにうまくいくなんて!」

「だが、ここから先はお前たち次第だ。まだ喜ぶのは早いんじゃないか?」

「で、でも私、嬉しくてつい……」


 トウヤは暫く放心していたが、決意を固め、立ち上がる。

 掌を見つめ、ぐっと握りしめた。


 暫くすると、使用人がやってきた。


「お部屋の準備が整いました。どうぞこちらへ」


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