屋敷に戻ると既に陽は落ちていた。
雅は少し話があると言って、屋敷の奥に入っていった。
「お姉ちゃん、なにか策があるみたいだけど……」
楪は不安そうにトウヤを見上げた。
雅に言われるまま、トウヤは屋敷まで連れてこられていた。
「まさか俺が、討魔師の総本山に来ることになろうとはな……もしかしてここで殺されたりしないよな?」
「そんな騙し討ちみたいなことしないと思うけど……」
「頼むからちゃんと否定してくれ……今だって心臓が破裂しそうなんだ」
トウヤは楪の手を握っていた。
暫く門の前で待っていると、使いの者がやってきた。
「ようこそ神籬家へ。あなたがトウヤ様ですね。当主より本殿へ来るようにと仰せつかっております。楪様も、どうぞこちらへ」
使用人に案内され、二人は門をくぐる。
広大な敷地と巨大な建物に、トウヤは目を見張った。
苔むした瓦屋根と提灯の灯り、中央に聳える屋敷が本殿とのことだ。
「楪、君の家ってお金持ちだったんだな」
「うーん、私はあまり外に出たことがないからわからないけど……広すぎて移動に苦労しているのは確かね」
「一体この家にどれだけの人が暮らしているんだ……?」
「昔はもっと人がいたみたいだけど、今はお爺様とお姉ちゃんと私、あと使用人が4人。たまに出張からお母様が帰ってくるくらいかな――」
******
「来たか」
本殿道場に通されると、雅と権現が正座して待っていた。
「やあ、君が噂のトウヤ君か。話は伺っておるよ」
ニコニコと話す権現。この老人から敵意は感じられない。
しかし、その笑顔の裏に見え隠れする威圧感に、トウヤは圧倒されていた。
「初めまして。トウヤと言います。今日はお招きいただきありがとうございます」
「よろしく。この本殿に妖魔が入ったのは、神籬の長い歴史でも君が3人目じゃ」
楪は驚く。雅もこのことは初耳だった。
「お爺様、それは本当ですか?この本殿に妖魔が?」
「そうとも。そもそもこの神籬家の成立には、ある妖魔が深く関わっておる。……これ以上は話が逸れそうじゃの。さて、トウヤ君」
「はい」
「実は、君のことはずっと監視しておった。この神籬の敷地内で起こったことは、ワシには手に取るようにわかるのじゃ。じゃがワシは君を放っておいた。何故かわかるか?」
「……! いえ、わかりません……」
「誤解されがちじゃが、神籬が妖魔を攻撃するのは手段であって目的ではない。我らの望みはただ一つ、国家の安寧じゃ」
「……」
「君を襲ったのは確かに神籬家の者じゃ。一族の中には妖魔を滅ぼすことに固執する者もいる。君に危害を加えたことは、本家のワシの立場からすれば本意ではない。当主として申し訳なく思う。」
権現はスッと頭を下げた。
「や、やめてください権現様! 俺はもう恨みはありません。楪と出会えただけで、俺には十分なんです!」
「そして、楪と添い遂げたいと?」
「……っ!」
トウヤと楪の顔がみるみる赤くなった。
「……はい。ですが私は、自分の力が彼女を傷つけていることを知りました。このままでは楪の身に影響が……」
権現はお茶を一杯、ずず……と口に含んだ。
「雅から聞いておるじゃろうが、方法がないわけでもない」
「ええ。それを聞きに参りました」
「霊力操作は、なにも神籬家の専売特許ではない。妖魔である君にも可能なものじゃ。君が望むなら、ワシが直々に稽古をつけてやろう。うまくいけば、自分の意思で力を完全に抑えることも不可能ではない」
「……!」
二人は顔を見合わせる。
「俺、やります! それが彼女といられるただ一つの方法ならば、躊躇う理由はありません!」
「まぁ落ち着け。そうじゃのう……ま、君頑張り次第で半年といったところじゃの」
「半年……」
「しかも死に物狂いでやってもらうぞ。全くの素人である君には、つらく苦しい毎日になるはずじゃ。それでもやる覚悟があるのか?」
「……もとより、楪がいなければ失っていた命です。彼女のためならば、必ずやり遂げてみせます!」
「トウヤ……」
「楪。俺は必ず修行を終えて、君を迎えにいく。少し待たせてしまうが、俺を信じてくれないか……?」
「……うん、待ってる! 私も、貴方に負けないように頑張るから!」
楪がトウヤの手にそっと額を寄せ、目を閉じた。『絶対だよ…』と小さく呟く。
「ふ、話は纏まったようじゃの」
権現は立ち上がり、トウヤへ近づく。
「トウヤ君、手を出したまえ」
言われた通りトウヤは手を差し出す。
権現がその手を握ると、握手した手がほのかに光りだした。
「ふむ、ふむ。……良き魂じゃな。稽古のつけ甲斐がありそうじゃ」
「……! はい、これからよろしくお願いいたします、権現様!」
「今夜は泊まっていくといい。すぐに部屋を用意させよう。ワシはまだ一仕事があるのでな、これで失礼するよ。」
そう言って権現は姿を消した。
「……はぁ〜〜〜〜」
緊張の糸が切れ、トウヤはその場にへたり込んだ。
ずっと黙って聞いていた雅が、二人を祝福した。
「よく言った! 楪、トウヤ。二人なら乗り越えられると信じていたぞ」
「ありがとうお姉ちゃん! まさかこんなにうまくいくなんて!」
「だが、ここから先はお前たち次第だ。まだ喜ぶのは早いんじゃないか?」
「で、でも私、嬉しくてつい……」
トウヤは暫く放心していたが、決意を固め、立ち上がる。
掌を見つめ、ぐっと握りしめた。
暫くすると、使用人がやってきた。
「お部屋の準備が整いました。どうぞこちらへ」