この玩具屋敷の主は俺達が彼と会話できることに気が付いたようだ。
「あ、あの。本当に私の話が聞こえるんですか?」
「ああ、問題あらへんでー、ここは霊気がかーなーりー強く漂っとるみたいやからなー。ほんで、アンタ誰なんなん?」
「申し遅れました、私は……この屋敷の主、
玩具大好きみたいな名前だな、名は体を表すって本当かもな。
彼の話だと、大持さんは元々キコク百貨店の玩具売り場主任だったそうだ。
しかしそこが大火災で燃えてしまい、しかしその日は偶然休日だったため、難を逃れることができた。
火元は寝具売り場で、彼の玩具売り場も同じ階にあったが……無事だったそうだ。
命は助かったが、玩具売り場そのものが焼失。職場を失った彼は、事実上の解雇という形でキコク百貨店を去ることになった。
そしてその後はしばらく失業保険で生活したらしい。
だがそれでも生きる為には仕事をしなくては、と始めた株式投資で当時最新鋭だったコンピューターを使い大成功、そしてデイトレーダーとして財を成し、夢だった玩具に囲まれた生活をする為に古い庄屋屋敷を買い取り、コレクターの家にしたらしい。
しかしバブル崩壊で資産のすべてを失い、屋敷も玩具も抵当に取られると絶望し、自ら命を絶った。
だが……玩具への未練と、そこに宿る付喪神や元の持ち主の思念が重なり、彼は巨大な霊体となって屋敷全体を包み込んだ。以後、来る者すべてを拒み、玩具の軍団を使って追い出していたという。
なるほど、それでこの屋敷の玩具達が俺達を侵入者と見て襲い掛かってきたのか。
「私は悪霊ではないので人を呪い殺すつもりなんてないんです、ただ、静かにこの場所だけは誰も足を踏み入れてほしくなかったんです、玩具達にも驚かすだけで良いと伝えていました」
確かに、……そうか、今思えば、飛行機も戦車も、俺たちを狙い撃ちしてきたわけじゃなかった。脅して追い出すだけが目的だったのかもしれない。
「ですがもう諦めました、この屋敷最強のぽてるこんぐがあれだけケチョンケチョンにされるなんて、彼が勝てないなら誰もアナタ達には勝てません……」
「ふむ、あのぽてるこんぐ、ワシと良い戦いっぷりじゃったぞ。ワシのかんぬき天井投げが炸裂したから勝てたのじゃが、あれだけの強者がおるとは思っておらんかったのじゃ」
どうやらぽてるこんぐが
「お願いです、私はもう諦めました。それでもこの玩具達はまだ遊べるんです、ゴミになるのはかわいそうなのでどうにか助けてやってもらえませんでしょうか」
大持さんは物への執着だけでここに居座っていたのではないんだな、本当に玩具が好きだからこそ、ここに誰も立ち入らせたくなかったのか。
「……わかりました、一度市役所の方に確認してみる事にします」
俺は自分のスマホから中々つながらない市役所の電話を交換につないでもらい、どうにか施設担当課に回してもらった。
だが……その施設担当課の課長の返答はシビアなもので、問題が解決したのならここは解体、玩具は市の倉庫や博物館にも置き場がなく、歴史的資産にもならないので処分という回答だった。
「そうですか……わかりました」
俺は厳しい事実を大持さんに伝えるしかなかった。
紗夜や
とくにペドロなんて何やらブツブツ言っている、彼みたいなアニメ特撮マニアにとってはここを失うのはかなり嫌な事なのだろうか。
「のう、主どの、ワシに頼みがあるんじゃが聞いてはもらえるか?」
「はい、どういった事でしょうか」
「ワシはあのぽてるこんぐが気に入ったのじゃ、ワシとあれだけの死闘を繰り広げた……らいばるといえばいいのじゃろうか、とにかくワシはあやつをワシの家臣にしたいのじゃ、連れて帰っても構わんか?」
「はいっ! 一つでも玩具が残ってくれるなら、どうぞお持ちください!!」
大持さんは紗夜がぽてるこんぐの大型ぬいぐるみを持って帰ることを快く了承してくれた。
そして作造の中のじいちゃんが、一階の軽空母
「……未練が無いと言えば噓になりますが、それでも私の玩具に対する気持ちを分かってくれる人がいてくれた、それだけでも心が救われました。もしここが壊されることになっても、もう私は抵抗しません。皆さん、ありがとうございました」
俺達は大持さんに深々と頭を下げられ、何とも言えないモヤモヤした気持ちで家に帰る事になった。
まあ数日後、市役所から連絡が来たら解体作業かな、まあそれでも仕事として引き受けるならきちんとやり遂げるか……。
俺達が何とも言えない気持ちで家に帰ろうとすると、ペドロさんは何やら考え込んだ表情でおれ達と反対側に向かって歩き出した。
「あれ? ペドロさん、どこに行くんですか?」
「タクミさん、今日はワタシ、ゴハンいらないデース」
「え? ちょっと……」
俺達を置いて、ペドロさんはどこかに行ってしまった。
紗夜はぽてりこんぐを両手でしっかりと抱きかかえ、家に連れて帰るとじいちゃんの部屋の床の間に座らせた。
そして……スッキリした顔でペドロさんが帰ってきたのは、もう日にちの変わった深夜だった。
いったい彼はどこで何をしてきたのだろうか?
「ペドロさん? お帰りなさい、今までいったい何を?」
「フフフ、ちょっとイタリアの方から国際問題起こしてきたのデース」
「へ?? ペドロさん、何か悪いもの食べました?」
「問題ないのデース、魂の救済のために、少し動いてきただけデース」
オイオイオイ、魂の救済ってなんだよ!?
この人、実はかなりヤバいとこの人なのか。
紗夜が訝しげにジト目でペドロを見ながらこんな事を呟いてた。
「ぬう、おぬしからは何やら怪しげな伴天連の雰囲気を感じるのじゃ」
「アンタの方がよっぽど怪しい存在やけどな」
満生のしょうもない茶々に紗夜が反撃、そしてまたケンカが始まった。
「お前ら、わしの部屋で少しは落ち着かんかい」
「え? じいちゃん、今度はどこから声が?」
子ザルの作造は帰ってきて疲れて寝ているから、じいちゃんの声は別の場所から聞こえてきたみたいだ。
よく見てみると、じいちゃんの声は……ぽてるこんぐのぬいぐるみから出ていた。
「え?? じいちゃん?? どうなってるの」
「うーむ、どうやら長い間霊気の漂っておった場所にあったこのぬいぐるみ、わしと波長が合ったみたいでな、気が付いたらここの中におったんじゃ」
もう、ツッコミを入れる気にもならない。
それにペドロさんのあの怪しげな笑いと謎の行動。
俺はあまり深く考えずにもうさっさと寝る事にしてしまった。
――そして、次の日、朝早くに市役所からかかってきた電話で、俺はかなり驚く事になった。
「おはようございます、紀國市役所・施設担当課の
「状況が、変わった……ですか?」
俺は半分寝ぼけた頭を押さえながら、受話器の向こうの声に耳を澄ませた。
「はい、昨日の夕方、ある団体から連絡がありまして……玩具屋敷をまるごと保存したい”という申し出があったんです」
「えっ……?」
「その団体、正式には“アーカイブ・トイ・ミュージアム準備会”というNPOでして、詳しくは言えませんが……寄付金の申し出や、スポンサー企業の名もちらほらと」
耳を疑った。あの屋敷が? あの、ぽてるこんぐと死闘を繰り広げた玩具屋敷が、ミュージアムとして保存される?
「……いったい、誰がそんな動きを……」
ふと、昨夜のペドロの“国際問題”という発言が脳裏をよぎる。
――まさか。いや、まさか。そんなことが……いや、あの人なら……。
「えっと、詳細はまだ調整中ですが、屋敷の解体は一旦保留になります。また追ってご連絡しますので、よろしくお願いいたします」
電話が切れた後、俺は放心したまましばらく立ち尽くしていた。
「ふふ……ワタシ、悪いことしてないデース。ちょっと実家の方から、市長サンに電話しただけデース」
……まじで、この人、何者なんだよ。
ぽてるこんぐのぬいぐるみからは、じいちゃんの朗らかな笑い声が聞こえてくる。
「よかったのう、玩具も助かったし、大持さんの魂もようやく救われたようぢゃな」
「うむ、ようやったのう、ペドロよ。怪しい伴天連といってすまなかったのじゃ」
そして数日後、俺達は市長自らの出迎えで再び玩具屋敷を訪れる事になった。