紀國市の市長が自ら来ると聞き、俺達は全員、普段の作業や外出とは違った装いで出かけることになった。
俺は社会人として無難なスーツにネクタイ姿。
ちなみに今日は、子ザルの作造はお留守番。母さんが面倒を見てくれているそうだ。
毎度のことながら、満生さんはいったいどこでこんなTシャツを調達してくるのか謎である。
甚五郎さんはと言えば、滅多に着ない礼服――冠婚葬祭用のスーツを引っ張り出してきたらしい。
そして問題のペドロさんはというと……。
がっちりとした長身の体に浅黒い肌、アフロの髪。
頭にはボルサリーノ帽、上下は細いストライプのブランドスーツ。真っ赤なシャツに真っ白な靴、白いネクタイに銀の鎖付き十字架のネックレス。……どう見てもマフィアです本当にありがとうございました。
これはもう完全に、シシリアンマフィアの幹部そのものだろ。彼は……いや、ペドロさんって、いったい何者なんだ?
俺達が車で玩具屋敷――大持さんの所有する古い邸宅に到着すると、すでに市長をはじめ、施設課や文化振興課の課長たちがずらりと並んで待ち構えていた。
……どうやら俺達は完全にVIP扱いらしい。
「おお、ピエトロ様、お待ちしておりました。私が紀國市の市長、
……って、どうやら俺達はペドロさんのお付きという扱いらしい。
それにしても、市長がここまで深々と頭を下げるって、マジでペドロさんって何者?
見た目はどう見てもマフィアの大幹部――しかもかなり上のクラスにしか見えないのだが。
「おお、市長サン。どうやらお話、ちゃんと聞いていただけたみたいデースね。では、例の件、よろしくお願いしマース」
「ももも、もちろんですとも! 是非とも、お父様によろしくお伝えくださいませ」
「ワタシ、パパが二人いますケド……わかりました。パパにはちゃんと伝えておきマース。アナタにパパのご加護のあらんことを」
「のう、タクミよ。ぱぱとはぺどろの父上どののことであろう。なぜ彼には二人も父親がおるのじゃ?」
……いや、これ絶対パパってゴッドファーザーのことだろ!?
マジでこの人、ヤバい筋の人なんじゃ――。
俺達は市長たちを引き連れて、玩具屋敷の奥にある応接間へと案内した。
そこはかつて、奇妙な玩具や人形が所狭しと並べられていた空間。
……だが今は、ペドロさんと大持さんによって、見違えるほど整理され、どこか厳かな空気すら漂っていた。
壁にはガラスケースが設けられ、年代や製造国ごとに整理されたブリキ玩具やソフビ、レトロな木製パズルなどが整然と展示されている。
どうやら彼が数日間夜遅くに帰ってきた理由は、この玩具をきれいに並べなおす為だったみたいだな。
照明は柔らかく、温かい。埃ひとつなく磨かれたフローリングと木製の什器が、歴史ある収蔵物たちの価値を自然と引き立てていた。
「……これは……」
市長が、思わず声を漏らす。
その時、ペドロさんが一歩前に出た。
「市長サン、ここは単なる廃墟デハ、ありまセーン。立派な文化資産デース。玩具博物館トシテ、リニューアルすることになりマシタ。展示、構成、監修、すべてちゃんとプロの監修が入りマース」
マジであの数日の夜のうちに何をどうすればここまでこの大量の玩具の群れがきれいに整理できるんだ?
それも大待さんが良く了承したもんだ、というより満生さんいなくても会話出来たのか??
市長が驚いたようにこちらを見た。
俺は少し緊張しながらも、真っ直ぐに答えた。
「施工と建築管理については、紀國市からの正式な依頼という形で――うちの会社、ツムギリフォームが全面的に協力します。安全面の確認と補強工事、バリアフリー対応も含めて、すべて対応できます」
市長はしばし沈黙したあと、ゆっくりと頷いた。
「……これならば、十分に市の文化振興課の管轄として扱えますな。むしろ、こちらからプレスリリースを出してもいいレベルです」
文化振興課の課長も思わず拍手を打つようなそぶりを見せた。
俺は心の中で小さくガッツポーズを取る。
……廃墟扱いされていた玩具屋敷は、今日から“博物館”に変わった。
そしてこのリニューアル工事は、正式に“市の案件”として動き出す。
――やったぜ、じいちゃん。これで、堂々とあの屋敷を守れる。
俺達が話をしている後ろで市の課長達が何やら話をしていたが、その内容が……。
「おたくの廃墟に昨夜、黒ずくめの連中が何人も出入りしてたぞ! 怪しい! 絶対ドラッグか武器の取引だ!」
「深夜に十字架持った外国人がラテン語で何か叫んでました! あれ、絶対悪魔祓いとかじゃないですか!?」
「屋敷の中で光がピカピカしてた! しかも朝にはきれいになってるって何ごとだよ! 何かの儀式!?」
といった通報を市長自らが問題ないと止めていたという内容だ。
マジでこれマフィアの人脈使って夜のうちに全部作業終わらせたって事か?
どうもペドロさん、ここ数日、夜中にまたどこかに行って朝帰ってきたけど間違いなく何かしていたようだ。
同行していた文化振興課の若手職員が、ぽそっと漏らす。
「……課長、あの黒ずくめの一人に……名刺渡されたんです。裏が黒い紙に金のインクで、“The Order of Saint Michael”って……」
「……やめろ。お前、それ以上しゃべるな」
課長が震える声で制する。
「いやマジで、あの十字架男、目の奥が光ってたって言ってたじゃないですか。あれ、機械とかそういうのじゃ――」
「おい、それ以上はやめとけ! 命が惜しけりゃな!」
「……この件、我々の口から語れることは何もない、ってことにしておこうじゃないか」
「そうですね……我々には、市の方針に従う義務しかないですから」
一同、うなずき、そっとその場の話題を“市長の先見の明”にすり替えていく。
――こりゃ俺達も下手にペドロさんの裏を詮索しない方がいいな、彼はツムギリフォームのアニメ好きな住み込み社員、それだけでいい。
当のペドロさんは大待さんやぽてるこんぐの中のじいちゃん、甚五郎さん達と話をし、大待さんは外の池の中のロボットや壊れた発射口の事を残念そうに説明していた。
どうやらあれは素人作業でどうにか元々あった庄屋屋敷の池や庭園を使い、マシンダーAの真っ二つに割れて発進するプールや、ファイアーバードの自動発射装置を再現しようとしたものらしい。
「ふむ、プールが真っ二つに割れてロボットが出てくるとか、男のロマンじゃのう。これは儂も燃えてきたぞい。巧、おぬしの出番じゃ」
「うん、了解。構造と水圧計算さえ合えば再現できる。……でも発射装置は子どもが触ったら危ないし、安全対策もセットでやらないとね」
「そのあたりの安全設計は、儂が担当しよう。文化施設として子どもも多く来るじゃろうし、国交省のガイドラインに沿ってバリアフリーも徹底しないと」
甚五郎さんが頼もしく口を挟んだ。
「おお、それではマシンダーAの再現も……! ぐふふ、それなら次は――」
と、大待さんのテンションがどんどん上がっていく。彼の頭の中には、すでに「夢の秘密基地構想」が展開され始めているようだった。
市長も、そのやり取りを微笑ましく眺めながら、最後にこう言った。
「素晴らしい。本市の目玉プロジェクトになるかもしれませんな。ぜひ正式に、文化振興予算と市民参加型プロジェクトとして進めましょう」
これは完成したら間違いなく玩具博物館の名物アトラクションになるぞ。
それに、じいちゃんの作った3メートル近い軽空母
実際市役所の施設担当課の課長クラスがこの玩具屋敷の中身を見て、童心に返ったように目を輝かせていた。
どうやら彼らにとってもここにある玩具は想像以上に子供の頃の懐かしさを感じさせるようなものだったらしい。
こうして、あの“怪異の館”だった玩具屋敷は、市の博物館として生まれ変わることが決定したのだった。
大待さんの部屋は、一応事務室としてそのまま使用される事になるようだ。
彼は屋敷の中を自由にうろつくかもしれないが、それはそれでまあ……どうにかなるでしょ。
そして、ペドロさんや満生さん、そして紗夜や俺達の意見が取り入れられ、ここは玩具を触って遊べるコーナーやプラモデル製作体験コーナー等も併設される市営の玩具博物館としてリニューアルされる事が決定した。
工事完了までには数か月かかるかもしれないが、一件落着といったところか。
完成したら俺もグレートバンカイザーの玩具を久々に見に来てみる事にしよう。
……が、その裏には“黒い紙に金のインクの名刺”と、“深夜の悪魔祓い”と、“目が光る謎の男たち”といった、何かとてつもなくヤバい人脈の影がちらついていることを、俺たちは黙って心にしまうことにした。
――だって、知らないほうがきっと、幸せなんだから。