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怪異4 死を超えて、地獄の仁義 ホテル勝魚編 4

 俺、紗夜さや満生みつきさん、そしてぽてるこんぐの中のじいちゃん。

 四人は目の前の圧倒的な威圧感を持つヤクザの霊の前に動けなかった。

 いや、彼はただのヤクザではない。昔ながらのヤクザ映画に出てくるような昭和の任侠、侠客だ。


「ぬ、背中越しでもわしにも伝わるわい。この感じ、まるで岡倉健か久我原文太ぢゃな」

「ほう、褒めてくれるねぇ。たかだか町のゴミにすぎないオレをそこまで買ってくれるのか」


 そう言って彼は自分が千手会の若頭百目鬼万慈どうめきばんじだと名乗り、ゆっくりと煙草に火を点け、口元に深い皺を寄せながら煙を吐いた。


「ここはな……地獄の残り香がまだ消えちゃいねえ。“千手せんじゅ会”と“九十九つくも組”。外道と外道の殺し合いよ。誰が正義かなんて、誰にもわかっちゃいねえさ」


 そう言って百目鬼万慈は、一文字了の惨殺から始まった千手会と九十九組の全面抗争の末路について語ってくれた。


「九十九組の八十吉やそきち……あれはもう、人間やめちまってる。人の姿を借りた怨念のかたまりよ。千手会の連中をバラして、血酒で酒盛りしてた外道だ」


 満生さんの手が震える。怒りか、恐怖か、自分でも判別がつかないみたいだ。


「だからよ。悪いことは言わねえ。命があるうちに、引き返せ。ここは、血の修羅場の果て。まともな奴が来る場所じゃねえ」


 百目鬼万慈は、まるでそれが唯一の優しさかのように、静かに背を向けた。


──だが。


「……は?」


 先に動いたのは紗夜だった。


「血酒で酒盛り……? そやつは髑髏で酒盛りの第六天魔王気取りか?!!」


 ぽてるこんぐが爆音と共に目を開き、じいちゃんの霊が噴き出す。


「わしが見た米軍のヤツらですら、もう少し“分別”ちゅうもんを持っとったわ! 血を血で洗うたら、ただの畜生ぢゃろうが!」

「決まりや、あーしらがそいつイワしたるわ!」


 フルボッコの幕が上がった。

 血のような霊気が渦巻き、八十吉の狂気があらわになる。


 だが、それを上回る怒りの塊が紗夜達だった。

 百目鬼万慈は一人、煙草を投げ捨てて闇に消えた。


「……ったく。付き合ってられねえや。修羅の道ってのは、もう若ぇのに任せりゃいい」


 だが、その背に刻まれた霊の火は、まだ完全には消えていなかった。


「この先は……オレでも目ェ逸らしたくなるほどの地獄だ。行くなら止めはせん。だが……あんたらがどこまで“背負えるか”だな」


 満生さんは黙ってドアを開ける。

 紗夜も無言でその後ろに続き、前に抱えられたぽてるこんぐの中のじいちゃんの目がギラリと光る。


――そして、見えた。天井から吊られたままミイラ化した女の霊たち。

 床には骨。薬瓶。血塗れの痕跡。「生きていた証」もないまま使い捨てられた者たち。


「惨い、乱暴取りにも匹敵する有様じゃ!!」

「なんということぢゃ……人間がやったっちゅうなら尚更、地獄に叩き落とさんといかんわい」


 満生さんは三独鈷を強く握った。


「……跡形もなく消したるわ」


 煙の中から不敵に現れる怨霊。それはいかにも組長、大物といった風格の……。


「久しいのう、万慈ィ……、ワシのオンナたちはよう鳴いたぞォ……って、なんじゃオマエら――」


 九十九八十吉とやらが何か言い切る前に、満生さんの独鈷が顔面にスマッシュヒット!

 そして紗夜の掌底で胸部爆裂!

 さらにじいちゃんのぽてるこんぐが空中から一気に地面に叩きつけフィニッシュ!!


「口をきく価値もあらへんわ」

「外道に情けは無用じゃ。ワシらは……地獄の掃除屋といったところかのう」

「しっかり供養してやらんと、こっちが寝覚め悪いわぃ。坊主と線香持ってこいやー!」


 俺は流石に唖然とするしかなかった、ボスと思われた九十九組の組長は出オチなくらい一瞬で退場だ。


 九十九組の組長が一瞬でフルボッコにされた事で、辺りに漂っていた禍々しい気配はあっという間に消え失せた。


「あー動いたら腹減ったわ、何か食わへんか」

「そうじゃのう、ワシもぽてりこと甲羅を所望するのじゃ」


 紗夜と満生さんは暴れてスッキリしたらしく、食堂跡のホールで何かを食べようという話になった。

 ここで紗夜が持ってきたのがやはり七輪だった。いったいいつの間に積み込んだんだ?

まあ、この広さなら煙が上がっても何の問題もなさそうだな。


 食事を終わらせた俺達は疲れを癒す為にその場に眠り込んでしまった。

 ……そして気が付いたらなんと、もう辺りはすっかり夜だった。



「クソッ、千手会にやられて組長までやられた、もう頼れるのはアレしかねェ……!!」


 九十九組の残党の霊は、地下室に封印されていた扉を開き、中から何かを外に出そうととした。


「ギャハハハハ、コイツには誰も勝てねェよ! 死ね、呪われてしまえ!! って……オレじゃねえ! 宇ぎゃあァアア!?!?」


 九十九組のチンピラが開けたのは、地獄そのものだった。

 かつて、金で雇われた外部の霊能者によって扉に札だけ貼られて封印された“何か”、女の子たちの怨念が膨張し続けた結果、今やそれは名も形も持たない呪詛と化していた。


 音もなく、しかし空間ごと引き裂くように現れたそれは、周囲を取り込みながら、無数の呻き声とともに駐車場へ向かっていく。


 その存在に気が付き、駐車場に立ちはだかる一人のスカジャンを着た男の霊がいた。


「……零、おれだ。了だ!……あの日、おれはアイツらを救えなかった……頼む、お、おれの話を聞ぇぇぇ!! 五分だけでもいい!!」

「ニクイ……ニクイ……コノクルシミ……ダレモ、ゼッタイニ……ユルサナイ……ノロッテヤル、タタッテヤル……」


 そのおぞましい怨念の塊は、骸骨の露呈した女の泣き顔と怒り顔が無数にくっついて何本もの手は上を向いた救いを求めるような形だった。

 スカジャンの男の霊は、その前に立ちはだかろうとするも、怨念の塊が触れた瞬間、霧散し、中に取り込まれてしまった。


 紗夜達が呑気に食堂で一眠りしている間、新たな惨劇が幕を開けようとしていた。

 ――だが、それと同時に、一人の男が目を覚ました。



「ふぁぁあー、よう寝たわー。ほな、そろそろお仕事といきますかいな」


 スキンヘッドで糸目の男は、蠢く怪異を見て一笑し、帽子を空中に放り投げる。

 次の瞬間、霊力のこもった拳で一掃し、帽子をピタリとキャッチ――


 ……と思いきや、足元の水たまりに滑ってズテェーン!


「ズベシャッ! ……って、なんやアレ?」


 スキンヘッドの彼が見たのは、いくつもの骸骨の露呈した女の怒り顔と泣き顔に何本もの手が生えたおぞましい怨念の塊だった。

 その前に一人の男がいるようだったが、彼……万慈はその怨念の塊を見上げ、拳を握っているだけだった。


「クソッ。オレには女は殴れねぇ……」


 すると、スキンヘッドの男は……その前に飛び出し、こう言った。


「ワイは男女平等や。悪いコトしたヤツは拳でキチンとイワしたるからな!」


 男はケンカスタイルで怨念の塊の怪異の前に立ち向かった。

 普通はこんな無茶な戦いはしない、だが……彼には絶対の自信があった。


「あーあ、別嬪さんが台無しや、しゃーない。ちょっと手荒に行くで!」


 そう言うとスキンヘッドの男は霊力の宿った拳で怨念の塊にパンチを叩きこんだ。

 だが、それは痛めつけるというよりは……彼の中の愛の鞭だったのだろう。


 本能的に勝ち目の無いと悟った怨念の塊は、怒り顔が全て泣き顔に変わっていた。

 すると、スキンヘッドの男は先程とは別人のような優しい表情で怪異に優しく手を差し伸べた。


「女の子はな、怒り顔や泣き顔より……笑い顔が一番可愛いんや。まあ、一番可愛いんはワイの妹やけどな」


 彼は暖かい手で怨念の塊に触れ、その魂達と会話を続けた。


「辛かったやろ、苦しかったやろ、もう……苦しまんでええんやで」


 少女達の霊はだんだんと笑顔になって怨念の塊から解き放たれ、一人、また一人と天に昇ってゆき、最後の一人はスカジャンの男の霊と共に……天に消えた。


「さて、お仕事終わりっと……なんや、アンタまだ何かワイに用があるんか?」

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