「ふぁぁあー、よう寝たわー。って、もうすっかり夜やん」
俺と
だが、ヤクザ霊の大半が組長の
ここに残っているのは俺達に敵意の無い霊だけのようだな。
やがて、杖をついた老紳士が俺たちの前に進み出た。
艶のある和服に身を包み、物腰はあくまで穏やか。だがその背には、誰よりも重い“死者の威厳”が漂っていた。
「よう目を覚ましてくださった。儂ら、
老紳士は、深々と頭を下げた。
それに続き、後方に並ぶ十数名の霊たちも、一糸乱れぬ所作で頭を垂れる。
「儂は、千手会の会長、
その目はどこまでも静かだった。
「……儂らは、もう逝く。この世に未練を持ちたくはない。成仏などという上等なもんじゃない。これは、儂らなりの“ケジメ”だ。だから……余計なことは、せんでくれんか。祓うも供養もいらん。これは、儂ら自身の選んだ終いじゃ」
言い切ると、千手億助はゆっくりと後ろを振り返り、部下たちに一礼を促す。その姿は、まるで“極道葬”の棺を担いで歩くように、静かに、確かに……ひとり、またひとりと霧へと消えていった。
──だが。
「……おやっさん、すんません。オレには……まだ、やらなきゃいけねぇことがあるんで」
ただひとり、彼だけが残っていた。
男は帽子をくるりと回しながら、照れくさそうに笑っている。
「先に行ってくだせえ。オレァ……まだもう少し、こっちに居残りです」
千手億助は、その背に何も言わず、ただ一度だけ、目を細めて微笑んだ──それが全ての了承の印だった。
「先に地獄で待っておるぞ、儂の息子よ」
「ハイ……」
そして、その姿もまた、霧の中へと消えていった。食堂跡に残ったのは、俺たちと彼だけ。
夜の気配が濃くなり始めていた。
そして男は、満生さんに何かを手渡した。
「落としモンだ……」
「えっ? これって……」
満生さんが受け取ったのは銀で出来た虎の吠える小さなアクセサリーだった。
彼女がそれを受け取ると、男は背中を向けて一言つぶやいた。
「妹……か、確かに渡したぜ」
――時間は少し前に戻る。
「ほな、ワイはもう帰るわ。お仕事終わったさかいな」
「そうか……」
「あ、そうや。どうせワイの妹が中におってアホなことやっとるんやろ。妹によろしゅうな、ほな、ワイは帰るで」
そう言うとスキンヘッドの男はその場からあっという間に姿を消し、その足元には銀で出来た虎の吠える小さなアクセサリーが転がっていた――
「満生さん、それ何なんですか?」
「あ、コレ? あーしが外で落としたヤツや、この
「克己? オレは
「頼み? いったい何を?」
俺が万慈に聞くと彼はこう言った。
「南郷徳の裏路地に薫ってママがやってる店がある。そこに行ってくれ……オレの……未練だ」
「え? それって……」
俺がもう一度聞こうとすると、万慈の姿は……もうどこにもなかった。
紗夜はまだ眠りこけている、そろそろ起こして帰るとしよう。
そして俺達はホテル勝魚を後にし、そして誰もいなくなった。
◆
「おい、今度こそ大丈夫なんだよな?」
「ああ、もう誰もいないって、今度こそお宝取り放題だっ」
五条と八代は誰もいなくなったホテル勝魚に戻ってきて、お宝探しをしようとしていた。
「そうそう、良い骨とう品とか少し呪われてそうなくらいがいい値段するんだよなー」
「取り放題掘り放題、さあ、おれ達のサクセスはもうすぐだぜ」
喜んでエントランスのドアを開けると……そこには。
「懲りんやっちゃらやなー、オドレら……一度地獄見てこっか?」
「ヒエエエエエェェー! もうやりませぇぇぇーん!!」
「八代っちぃぃー、置いてかないでー!!」
彼等の見たのは、目をしっかりと見開いたスキンヘッドの男の顔だった。
「あっ、コラー待たんかぁー!!」
そして逃げた五条八代コンビを追いかけるように、
◆
後日、俺達は山田剛市長立会いの下、ツムギリフォームとしてホテル勝魚にやってきた。
満生さんのTシャツの文字は――そのオンナ、凶暴につき――だったが、マジでこの出所どこなのよ?
紗夜は相変わらずのぽんぽこタヌキ着ぐるみパジャマに2リットルコーラとぽてりこのフル装備、今回もじいちゃんはぽてりこんぐの中だ。
市役所の職員や山田市長は燦燦たる有様を見て絶句していたが、謎の男はニヤニヤしながらそれを見ていた。
「おっと、申し遅れましたぁ。ワタクシ、下総霊園近くで橘メモリアルを経営しております、
「何とも胡散臭いやっちゃなー」
「ワシもこういった輩は苦手なのじゃ」
橘可夢偉と名乗った男は、前髪がクルっと巻いていて、小太りのタキシード姿で、歯をむき出して笑う胡散臭い人物だった。
「おお、橘さん。それは助かります。下総市市長として是非ともよろしくお願いしたいと思っております」
市役所の職員達は、ここを調べながら
高い、不味い、少ない、営業が強引で市民課にクレームが殺到したおべんとう・やそちゃんの会社登記がホテル勝魚だの、前下総署の四課課長の一ノ谷丸八が九十九組とグルだったとかロクな話が聞こえてこない。
そして市の職員が手を合わせてから遺骨を回収し、俺達は建物全体の見積もりを進めた。
このイカれたクルーザーやパルテノン神殿みたいな造形、作るのも一苦労だが壊すのも一苦労と言ったところか。
――まあ、これでデッカカメラ紀國店の後の大型案件は確保できたので仕事としては結果オーライかな。
そして山田市長や市役所職員、そして橘可夢偉達と俺達はホテル勝魚を後にすることにした。
なお、九十九組の事務所にあった財産と千手会の財産は相続人不明で市の財源として帰納される事になった。
「ところで南郷徳って……ここから遠い?」
「いや、割と近いで。あーしの知ってるバーの以前の飲み友達がおる」
「──薫、か」
俺達は満生さんの以前の飲み友達のつてで、南郷徳のバー、ノックアウトのドアを叩いた。
「誰? ここは一見さんお断りなんだけど……」
「薫……さんですか? 百目鬼万慈さんの紹介でここに来たんですが」
「万ちゃんの! ねえ、万ちゃんどうしてるの?」
俺達は薫さんに客としてカウンターに座らされた。
「そこの可愛いお嬢ちゃんは……クリームソーダでいいかしら」
「無礼な! ワシは元服を済ませておるのじゃ! 甲羅を出すのじゃ」
「フフッ、わかったわよ。小さなお姫様」
紗夜はアイスクリームの乗ったコーラフロートを見て目をシイタケのようにして輝かせていた。
「そっちの姉さんは?」
「黒霧島……ロックや」
「アンタ……通ね」
酒飲み同士の無言の会話が交わされていた。
そして、俺は無難に水割り……と行きたいところだったが車を運転しているのでウーロン茶を出してもらった。
「それで、アンタ達の聞きたいのは……ナインティーナインカンパニーの事よね」