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怪異4 死を超えて、地獄の仁義 ホテル勝魚編 6

 下総市南郷徳の裏路地にあるバー・ノックアウト。

 そこは美人ママの薫さんが経営する会員制のバーだった。

 薫さんは紫色のウェーブの髪で片目を隠した大人の美女だった。どうやら片目があまり見えていないらしい。


 俺達が千手せんじゅ会の百目鬼万慈どうめきばんじの名を出すと、彼女は俺達を客として迎え入れ、ナインティーナインカンパニーと言う名前を出してきた。


「あら、何鳩が豆鉄砲食らったような顔してるのよ、それくらい想像つくわよ。そうね……万ちゃんが逝ってどれくらいかしら、でもたまにいるような気がするのよね」


 俺達がバーの中を見回すと、イケメンのボクサーの写真のある壁の隅の方には……タバコと影膳が供えられていた。

 そうか、彼女はもう知っているのか。


「バカよね、死に急ぐなんて。でもそんな不器用な万ちゃんだから好きになったのかな」


 俺達が薫さんから聞いた話はこうだった。

 彼女は二十八薫つちやかおる。元バンタム級プロボクサーだったが網膜剥離で引退、その後荒れていた時に万慈と争い、その後彼の舎弟になり千手会の切り込み隊長として活躍した。


 だが、自分の在り方に疑問を抱き、万慈に相談すると……。


「男だとかオンナだとか関係ねえ、それがたとえ男を捨てる事になっても自分を裏切らなければそれでいいじゃねえかよ」


 と言われ、破門状を出してもらい、足を洗って性転換後にここでママをやっているそうだ。

 その後彼女から万慈の話を色々と聞かせてもらった。


「彼はね、オンナやクスリで稼いだ金で食うメシより、博打やテキヤで稼いだ金で食うメシの方がよほどウメえって言ってたわ、まあ博打ですってんてんになってご飯作ってあげた事何度もあったわね……」


 と笑いながら話してくれた。


 和やかな談笑の後、真剣な目をした薫さんは……。


「セントエルモ壱番館のタピオカ屋」


 とだけ言って俺達をその後店から、さあさあ、帰った帰った。もうお仕事の時間だからね。と店の外に追い出した。


「──で、もうすぐオープンだから、アンタたち帰りなさい。じゃーね、また来てね〜☆」

「は、ははは……」


 流石美人ママと言うか商売上手と言うか……。


 セントエルモ壱番館か……明日行ってみよう。


 ――次の日、俺達は俺、紗夜さや満生みつきさんと今日は子ザルの作造に入ったじいちゃんの四人でセントエルモ壱番館を探した。

 今日の満生さんのTシャツは――やはり暴力……! 暴力はすべてを解決する!!――と書かれている。

 マジで毎回このシャツの出所を知りたくなる。


 ぽてりこんぐは汚れたので今日は洗濯して家の外の物干し竿に干されている。


 セントエルモ壱番館、そこは雑居ビルとマンションの混ざったような建物で、平成初期に建てられたと定礎の碑が埋められていた。

 雑居ビルとマンションが融合したような建物には「おべんとう・やそちゃん」「ツクモファイナンス」などの看板。いかにも九十九つくも組のフロント臭が漂う。


「うわ、どんとんぼり川のドブ臭するー」

「野武士の巣窟じゃな」

「耐震構造グダグダやないか! こんなんで図面引いたヤツ、わしの敵じゃ」


 みんながボロクソ言っているな。

 まあアレが半グレのフロント企業の巣窟だというのがわかると、建物が途端に禍々しく見えてくる。


 そして俺達は少し離れた場所に車を停め、甚五郎さん達にはそのままホテル勝魚の方に向かってもらった。

 ここからは歩いて乗り込むからだ。


 客のいないタピオカ屋の奥ではリクライニングソファに座った偉そうな男がのさばっているのが見えた。

 どうやらアイツが九十九組のフロント企業の幹部なのだろう。


「あー客っすかー、タピオカ入りコーラいかがっすかー」

「蛙の卵入り甲羅など……神聖な飲み物への冒涜じゃ! ああ……見るだけで腹立たしい……昨日、あの薫殿がくれたあの黒い甲羅……上に白くて冷たい氷の団子が浮かんどってのう……!」


 店員はバカにした態度で軽口を叩いた。


「……それコーラフロートじゃね?」

「甲羅は神聖な飲み物じゃ! それを……それをこんな蛙の卵まみれにして! 貴様、甲羅への冒涜か!!」

「はあ? なんだこのクソガキ、いきなりギャーギャーわめいて――」


ドガァンッ!!!


 その男は、次の瞬間にはカウンターごと吹き飛び、奥の厨房で冷凍唐揚げの山に突っ込んでいた。


「は、はわわ……ぽぽぽん姫やりおったわ……!」


 まあ、全員ボコボコにされる予定なんだろうけど、哀れバイト君は店の奥に吹っ飛ばされたようだ。


「何じゃ貴様らは! ここが九十九組の事務所と知ってきよったんか!!」

「ぶっ殺すぞ、テメエら!!」


 チンピラ数人が満生さんに襲い掛かろうとした……その時!!


 ベゴォォォンッ!!


「ブベッ!!」


 チンピラ数人が満生さんのフルスイングで吹っ飛んだ……って、アレ、車に載せてた業務用掃除機だよね!?


「ほれ、掃除機は掃除するもんやろ……ゴミ掃除の時間や」


 は、はは……もういい、こうなったらヤケだ! 徹底的にやってやる!


 紗夜は襲い掛かってきた構成員を次々と蹴る殴るで、まさに無双状態。

 じいちゃんの入った作造は高い場所に昇っては蜘蛛の巣の張っていた神棚やケーブルを片っ端から滅茶苦茶にし、金庫の中の被害者の契約書をビリビリに、満生さんは掃除機のヘッドと固いパイプ部分で半グレの構成員を次々とねじ伏せていた。


 そして……俺はスチールロッカーを蹴っ飛ばし、倒れたスチールロッカーが次のロッカーを倒すロッカードミノ状態。そしてその辺りにあった高そうなプロジェクターや大型モニターをチンピラめがけてぶん投げた。


「な、何もんだコイツら? 11(ワンワン)さんも22(ニーニ)さんも55(ゴゴ)さんも歯が立たないなんて」

「何じゃい、極道は舐められたら負けなんじゃ!」

「44(獅子)さん、お願いします!」


 長ドスを抜いた大男は満生に殴りかかろうとするも――


「黙っとれ! このダァホッ!!」


 ドゴーン!!


 あっという間に壁に張り飛ばされた。


 やがて俺たちはサーバーを発見。架空請求やマルチ商法、タタキ(強盗)などのリストが入っていた。


「このサーバーをぶっ壊せば、コイツらもオシマイだな!」


 半グレ連中は俺達に土下座している、どうやらその中の二人が77(ナナ)と66(ロロ)と呼ばれていたヤツらみたいだな。


「のう、タクミ。このでっかいのが鯖なのか?」

「鯖……まあ、サーバーだね」

「そうなのじゃな、では……焼けばいいのじゃな」


 そう言うと紗夜は配線ショートから発生した火にサーバーを壊して次々と残骸を火の中に放り込んだ。

 バチバチと音を発し、ボゥン!! という音とともに特殊詐欺やマルチ商法、通称カモリストと呼ばれたサーバーは完全に沈黙した。


 逃げようとしていたナナを満生が見つける。


「……どこ行こ思てんねん、なぁ」

「ちょ、待って! あたし女だし、顔だけはやめてぇ!」


 背後から声をかけられたナナは、ビクッと肩を震わせ、土下座して手を合わせる。


 必死の形相で懇願するナナに、満生は眉ひとつ動かさず、ただ無言で業務用掃除機のパイプ部分を振り上げる。


 バチィィン!!!


「ぐぼぉぉ!!?」


 顔面にクリーンヒットした掃除機パイプの一撃で、ナナは白目を剥いてその場に沈んだ。


「──あーしは男女平等や。悪ぃヤツは、キチンとシバいたるからなぁ!!」


 構成員ロロは、燃え落ちるサーバーラックの前で涙目になりながらも、必死にノートパソコンを開いてクラウドへアクセスしようとしていた。

「くそっ……まだだ、まだ間に合う! クラウドにバックアップがあるんだ……これさえ繋がれば……!」

 その時だった!!

 タヌキ着ぐるみ姿の紗夜が怒りに燃えて降臨。手にはスーパーのビニール袋から取り出した2リットルペットのコーラ。


「これはのう、昨日の神ふろーとから分けたるべく冷やしておいた大切な一本じゃ。じゃが……この蛙の卵の仕業により、もはや飲めぬわ! ならば──」


 バシュゥゥゥッ!!


「ぎゃああああああ!! パソコンが! パソコンがああああ!!」


 ノートパソコンの上から、泡立つ黒い炭酸の奔流が豪快に降りかかる。シュワシュワと爆ぜる音と共に、キー配列から煙が上がり、バチバチと火花が弾けた。

 コーラは液晶画面にもバッチリ命中し、ロロの希望も夢もクラウドもまとめてブチ壊された。


 その顔にはシュワシュワと乾ききらぬ泡の名残と、地獄のような後悔が浮かんでいた。


「さてと、最後の仕上げと行きますか」


 俺達は外にある高級外車目掛け、サーバーの残骸をぶん投げた。

 すると、まだ火の残っていたサーバーはガラスをブチ破り、高級外車の皮シートや内部に燃え広がり……あっという間に大炎上した。ついでにその炎に目掛けて詐欺の契約書の残骸をばら撒く。


「終わったわー、でもたかだか外車三台でイキるなんてな。あーしのオトンあの十倍は持っとるで」

「悪党にはふさわしい末路なのじゃ」


すると、駐車場にドリフトでクラシックな赤いスポーツカーが入ってきた。


「アンタ達、かなり無茶苦茶やったわね。さっさとズラかるわよっ!」


 俺達は全員で二階から一気に駐車場の薫さんの車に飛び乗った。


 煙とパトカーのサイレンの中、焼け落ちたセントエルモ壱番館を背にスポーツカーは一気に街道を駆け抜ける。

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