ここには確実に何者かがいる。
そいつは俺達の意識したものを泥人形や泥の塊で具現化する力を持っているみたいだ。
それなら、何も考えないようにしよう!
「みんな、何も考えずに走れ! 走るんだ!!」
俺達は中央エントランスからペドロさんの案内で走り、中央ホールまで駆け抜けた。
全員泥まみれの姿のまま、
「
「ぱおーん!」
満生さんに呼び出された如雨露射輪象は鼻をくるんと回し、その鼻の先の如雨露の部分から勢いよく水を吹き出した。
シャワー……。
|満生さんの呼び出した式神、水色の子象は、泥まみれの俺達を綺麗にしてくれた。
「あーひどい目に遭った」
「まったくさんざんデース。なんでこんなことになったのデース」
「まったくじゃ、これがはわいという南国だとは考えたくないのじゃ」
どうにか泥を洗い流した俺達は、再度流れるプール跡に向かった。
すると! そこに姿を見せたのは、二体の泥人形の怪人だった!
「アレは……ホイールダと、キャノンボーデース。そしてあっちにいるのは……」
――だから今頭に意識しちゃダメなんだって!!
だがもう遅かった。
その瞬間、地面がボコボコと脈打ち始めた。
そして、噴水のように泥が――ブシュウッ!と勢いよく吹き上がる。
その泥柱は空中でねじれ、絡み合い、どろりとした音を立てながら形を変えていった。
やがて、巨大な「ぽてりこ」のスティックのような形を成し……にちゃり、と不気味な音を立てて着地した。
「さっきよりでかい泥のぽてりこが襲って来るのじゃー! むぎゅう!」
別の場所でも泥が噴き上がり、ぐにゃぐにゃと変形して、巨大なアルミ缶の形を作り始めた。
そしてラベルの一部には、うっすらと《アームストロング》《STRONG CHU-HI》と読める模様が浮かびあがる。
中からあふれ出た泥が、まるで炭酸の泡のようにぶしゅぶしゅと弾けて!――
「アカンて、こっちに倒れてこんといてーな、あびゃぁあー!!」
満生さんは泥で出来た特大アームストロング缶チューハイの缶からあふれ出た泥に押し流されてどこかに流れていった。
「ウワー、出てしまったのデース。タンクダン、ホイールダ、キャノンボー……爆弾三勇士なのデース」
泥で出来た怪人が三人でポーズを決めた。
すると、そのタイミングに合わせてペドロさんがセリフを言っていた。
「オレの名はタンクダン!」
「ホイールダ様だ!」
「……様って自分で言ってるし!」
俺のツッコミを気にせず、ペドロさんはアテレコを続けた。
「わが名はキャノンボー……我ら、爆弾三勇士!」
「ペドロさん、声色変えて演じてるだけだろ!」
いや、ペドロさん、外国人なのにアニメとか特撮のセリフは完全に日本語を使いこなしているなー。
……なんて言ってる場合じゃないんだ! 早くどうにかしないと。
だが、俺は俺で、泥で出来た大工道具に囲まれて身動き一つとれない。
大ピンチだ、このままではみんなが怪異に取り殺されてしまう……そう思った時!!
勢いよく泥の中から噴き出してきた二つの噴水が形を変え……二人の戦士の姿になった。
あれって確か今朝、紗夜達が見ていた奴だよな。
一人のヒーローはロケットや飛行機をイメージした空飛ぶデザイン、もう一人のヒーローは地面を走る車やエンジンをイメージした武骨で力強いデザインだった。
「アレは……間違いありまセーン! テツジーンデース!! あの姿はテツジーンに違いありまセーン!!」
アレが敵なのか味方なのか、どうなのかわからないが、動けない俺達はその成り行きに任せるしかなかった。
すると……泥で出来たテツジーンが変形し、巨大なロケットと車の姿になり合体、そして巨大な泥ぽてりこに体当たりをぶちかまし、巨大ぽてりこは木っ端みじんになった。
そして、さらにその二人は巨大アームストロング缶チューハイにも体当たりをし、吹き飛ばした。
「ま、間違いありまセーン、アレはテツジーンの必殺技、アイアンブラザーアタックデース」
そして、泥で出来たテツジーンの二人は再び戦士の姿に戻り、タンクダン、ホイールダ、キャノンボーと戦闘、そして二人の協力でスライダーの上から飛び降りながら爆弾三勇士を吹っ飛ばした!
どうやら彼らは敵では無さそうだが……。
敵がいなくなったのを見届けたテツジーンは再び泥の中に消えてしまった、いったいあれは何だったのだろうか?
「あーひどい目に遭ったわー、
満生さんは眉をひそめ、明らかに機嫌が悪そうだ。
「ンモー……」
再び呼び出された如雨露射輪象も、呼ばれるたびにイライラが募っているようで、シャワーの水流がいつもより強く感じられた。
まあそれでもどうにか泥を洗い流した俺達は、ペドロさんの聖地巡礼地図を頼りにホテルロビー跡に向かった。
ホテルのロビー跡は泥まみれで足の踏み場もない、しかしここには確実に何かがいる気配がする。
「ォォオオオ……オォオオ」
地面が盛り上がり、泥が一か所に集まったかと思ったら巨大な泥で出来た指三本の手の妖怪が姿を現した!!
「な、何だこいつは!!」
「ちっ、これは泥田坊や! 厄介な相手やで!!」
「何じゃと、泥田坊じゃと」
紗夜が全力パンチを叩きこむも、泥の塊には全く効果なし。
満生さんが三独鈷で作った霊力の剣、なんちゃってビームソードで斬りつけるも、斬ったところから泥が再生。
暖簾に腕押しってまさにこの状況か。
泥田坊と呼ばれた妖怪は、何とも言えない不気味な呻きを上げながら俺達に襲い掛かってきた。
「カエセ……ワシノ……トチ。リュウジン……サマノ……」
「くそっ、如雨露射輪象、頼むわ」
「やーだー」
だが……流石に何度も呼び出された如雨露射輪象は、もう疲れたとストライキ。出てくるのを拒んでいる。
「アカンやーん、これいったいどうすれっちゅーねん」
「ワシノ……タンボ……ヨクモ……ダマシタ……ナ。ユルサ……ンゾ」
このうめき声を聞いていた紗夜が何かを感じたようだ。
「のう、こやつ実は悪い妖怪ではないのかもしれん」
「なんやて、それマジか。わかった、あーしが話つけてみるわ」
話つけるって、強引に何かをするんじゃないのか?
「アンタ、何か言いたいことあるなら聞くで、だから少し落ち着いて―な」
「ワシノトチ……オオガネ……ゴンゾウ……ワシの……タンボ」
満生さんは何かの呪文を唱え、目を閉じて意識を集中していた。
「そうか、アンタが人の意識を基に具現化して泥で物を作っとったんやな、ほな、反対にアンタの意識、読み取らせてもらうで」
満生さんは泥田坊の魂に直接アクセスしようとしているようだ。
「……そない頑張ったのに、裏切られて、ひとりぼっちで……」
満生さんの頬を一筋、泥混じりの涙が流れる。
「……そら、アンタ、怒るわな……。あーしかて同じ立場やったらきっと……同じようになってたわ……なるほどな、そういう事か。よくわかったで、アンタも大変やったんやな……」
「満生さん、何かわかったんですか?」
「ああ、このじいちゃんの事とか、ここがどんな場所だったとかな……」
泥の体から、ぼそぼそと音が漏れ出した。
「……このトチが……コドモたちのエガオになれば……わしは……シンじとったんじゃ……」
だんだん声がきちんと声と聞き取れるようになると、それは老人の声だった。
「ゴンゾウくん……沼に……龍神さまがおった……夢のような……場所……だった……」
それは呟きとも、夢の残響ともつかない。
泥田坊が泥ではなく、“人”だったという証のように、哀しい声が周囲に満ちていた。
満生さんが意識を合わせたことで、泥田坊の姿はどんどん変化していき……やがて、泥はしわだらけの顔と白い泥髪をかたどり、ひとりの老人の形を成していった。
彼の名前は