「待ってくだサーイ。どうせなら、最終話一話前の予告編から見た方がいいデース」
これが特撮マニアのこだわりなのだろうか。
あまり時間はないんだけどな……仕方ない、最終話一話前も課金して予告だけ見てから最終回にするか。
「ついにガガ星に降り立ったスカイジーンとグランジーン。そして彼らは草花の歌の真意を知り、ガガ星が滅びた理由を知る。だが……作られた機械の王、ガガ星ヘルサタン大星帝王ナンカス・ゴイデスとゴブラン将軍が最後の戦いを挑んできた。飛べ! スカイジーン。走れ! グランジーン。今だ! 残った全ての力で戦う時だ! さらば、鉄人兄弟。次回、宇宙兄弟テツジーン。最終回! ――空に輝く、ふたつ星! にご期待ください!」
「そうデース、ここなんデース……アイアンブラザーアタックと言わない、ここがこだわりなんデース」
すまん、俺にはペドロさんの言っている意味がよくわからない。
だが、
ケンちゃんも目を輝かせてタブレット画面を見ていた。
「ホントだ、ボクのみていたテレビよりちいさいのにこんなにきれいにみえるんだ……」
まあそうだよな、昔のテレビはブラウン管でしかもアナログ電波だから映像が乱れたりするのは当たり前だったんだよな。
しかし、以前デッカカメラで満生サンが適当にでっち上げたナンカスゴイヤーって名前、この作品のラスボスの名前をうろ覚えで言っていたのか、だからリアルタイムに見ていた世代の店長さんは聞き覚えのある名前だと言っていたんだ。
「……あれ? ぼく、“ふたつぼし”ってならったばっかりのかんじでおぼえてたのに……?」
「フフ……よくぞ気付きましたネ。これはいわゆる“表記ゆれ事件”デース。脚本家の伊吹正三氏は“二つ星”という漢字表記に強いこだわりを持っていたのデス」
「どういうこと?」
「“ふたつ”ではなく“二つ”。漢字を使うことで“販促番組ではない”という意思表示だったのデース。戦争で散った若者たちへの鎮魂と、自己犠牲の美しさと虚しさ。それを描いた最終回にふさわしい表現と、伊吹氏は信じていたのデス」
ペドロさんはドヤ顔よりも真剣な顔で話を続けた。
「放送局やスポンサーは“ひらがなの方が柔らかく子供向け”と反対。でも編集が間に合わず、伊吹氏のこだわり通り“二つ星”で放送されマシタ」
「そして後にソフト化される際、プロデューサーの平川了氏が“伊吹の遺志を伝えるには柔らかい表現の方がいい”と判断し、“ふたつ星”に変更されたのデス」
「ええ話やなあ。どっちも正解や思うわ」
「どっちも“星”になったテツジーン兄弟を想っとるんじゃな……」
これもしここに戦中体験世代のじいちゃんがいたら、間違いなく何か言ってるな。
成程な、あまりアニメとか特撮には子供の頃見たくらいで今は興味はなかったけど、当時の脚本家はたかが子供番組と思わず、そこまで考えて作品を作っていたのか。
「本編が始まるのデース、では……続きを見まショウ」
俺はタブレットを手持ちからスタンド型に切り替え、壁に立てかける形にしてみんなでテツジーンの最終回を見た。
「宇宙ー! 兄弟―! テツ……ジーンッ!!」
草花の歌とは……やさいくだものたべましょう の歌の解読した内容で、これはガガ星が人類がコンピューターを制御しきれずに滅びた理由の説明になっていた、昔のSFすごいな。
ガガ星ではコンピューターが有機生命体を“秩序を乱す存在”と断じ、最強の機械ナンカス・ゴイデスが誕生していた。
テツジーン兄弟は変形合体もできないほどにボロボロ。
「てつじーん、負けるな! ワシがついておるのじゃ」
「がんばれー、テツジーン」
「うーん、ゴブラン将軍もうちょっと気張りーや」
あ、もうペドロさんが泣きそうな顔をしている。これは先の展開を知っているからなんだろう。
スカイジーンとグランジーンの姿は傷だらけで、もはや変形合体しての「アイアンブラザーアタック」も出来ない状態だった。
敵のラスボスは圧倒的な力で兄弟を追い詰める。
「これで終わりか……所詮は人間に作られた機械。完全なる機械が作る機械とは出来が違うわ……」
だが、その時、二人の間に光が差し込み、互いの絆が最後の力を呼び覚ます。
「グランジーン、行くぞ! まだ力は残ってるか」
「ああ、兄さん。だが……そう長くは持ちそうにない」
「「行くぞ! これがオレ達の……最後の兄弟パワーだ!!」」
そう言うと兄と弟のロボットはお互いの手を組み合い、高速で身体を回転、そして空高く回転したかと思えばそのまま一気に急降下してきた!
「「ブラザービッグバンノヴァ、発動!」」
そう叫ぶと、兄弟は自らの体を爆発させるかのような最後の必殺技で、鉄の腕ゴブラン将軍もろともラスボスのナンカス・ゴイデスを吹き飛ばした。
「ガガ星に……栄光あれぇぇー!!」
「バカなぁぁあ! 我は宇宙の秩序、大星帝王なるぞぉおおー!!!!」
画面を見ていた紗夜が涙ぐみながらつぶやいた。
「立派な最後じゃったぞ」
ケンちゃんも画面から目を離せず、胸の奥に熱いものを感じているようだった。
「……戦争で散った若者たちの命を無駄にしないために、この物語があるんデース」
ペドロさんは、まるで故人への敬意を込めるように言葉を紡いだ。
俺は改めて感じた。
「昔の特撮やアニメは、ただの娯楽じゃなくて、時代のメッセージや鎮魂の思いを込めて作られていたんだな……」
そして、 落ち着いた渋めの洋画で聞くような俳優の声のナレーションが聞こえ――
「大星帝王ナンカス・ゴイデスはテツジーンの最後の力により倒され、宇宙に平和が取り戻された。テツジーンは死んでしまったのか? いや、彼らは君たちの心の中に生きている。彼らは空に輝く二つ星となり、君達を見守り続けていくだろう。さようなら、スカイジーン。さようなら、グランジーン。さようなら……宇宙兄弟……テツジーン!」
、最後に半透明のテツジーンの二人が空に浮かび上がり、その右下には白く太い文字で――おわり――と表示されていた。
……そして、テツジーンの最終回を見終えた俺たちは、再び現実へ戻る。
「これで……ボク、もうバイバイできるとおもう。ありがとう、みんな……ありがとう、テツジーン……」
「待ってくだサーイ!!」
その時、ペドロさんがそっと口を開いた。
「ケンちゃん……君に渡したいモノがあるんデス」
彼はバッグから、年季の入った包みを取り出した。
「ネットオークションで買った、超鉄合金テツジーン二体。これを差し上げるのデス」
「え……これ……ほんもの……? ほんとに、ぼくに……?」
「キミの“ありがとう”は、もう十分伝わってマス。これで、君もテツジーン兄弟と一緒に、空へ――」
「うん、ありがとうペーにいちゃんにたぬきのおねえちゃん」
ケンちゃんは人形をそっと胸に抱き、微笑みながら、光の粒となって空へと昇っていった。
「……きっと、パパのもとに行ったんデスね」
ペドロさんはケンちゃんの為に十字を切って祈りをささげていた。
しばしの静寂が訪れたのち――。
「……で、けっきょく新番組の『鉄巨人イチナナ』が気になってしまうワシであったのじゃ~!」
紗夜がタブレットを操作して、つい次の動画をタップしてしまっていた。
「新番組! 鋼の意志を継ぐ者――鉄巨人イチナナ、来週より放送開始!! 巨大頭脳ブレイン総統が人類に宣告する――排除開始! 鉄巨人イチナナ、君は新たなる鉄の伝説を目撃する!』
「おおっ!? これじゃー! これこれ! これが欲しいのじゃー!!」
また始まった…と俺がさっそくオークションで調べ始めてみると……。
「んん? 何々、今はもう販売終了……オークションで……じゅ、じゅうごまんえんっーー!!?」
画面には「未開封・美品 鉄巨人イチナナ 初回特典付き プレミア価格:150,000円」の文字。
「おいおい、さすがにそれは無理だって……」
そう言いかけた俺に、紗夜がうるうるした目で詰め寄ってくる。
「じゃがじゃがじゃが! どうしてもほしいのじゃ! 戦って死んだテツジーンの意志をつぐ者なのじゃぞ! 買ってくれたら……ワシ、きょうはぽてりこと甲羅を我慢するのじゃー……!」
くっ、そんな謎のアピールで懐柔してくるとは……。
「……わかったよ、プレミアは無理だが、再販された“超鉄合金魂版”の1万5千円のなら、買ってやるよ」
「やったのじゃー!! ありがとうなのじゃー!!!」
ぴょんぴょん飛び跳ねる紗夜。その後ろで、
「ぽぽぽん姫……玩具に一万五千て……それ、アームストロング缶チューハイ何本買える思てんの……」
その言葉に、俺は一瞬背筋が凍る思いがした。
――こうして、ケンちゃんは無事に成仏し、鉄の兄弟は空の星となり、タヌキの着ぐるみ姫は新たな玩具への欲望に燃えるのであった。
俺達が外に出ると、バリハワイアンセンターの空には……ふたつの星が輝いていた。