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怪異7 真夏の都会の大吹雪 スキーリゾート・ザムス編 4

 どうにかゴリゴリさんスープで暖を摂れた俺達は、防寒着を身にまとい、ホームセンターNUMAを見渡たした。


 ここは外資系らしく、何もかもがデカい。

 だから家具とかもあり、スポーツウェアや食料品、そして日曜大工品にカー用品、何でもそろっている。

 ゾンビ相手にホームセンターというのは映画の定番で見かけるけど、流石に雪女相手にホームセンターってのは聞いた事もない。

 まあどうにかここにある道具を使えば、ここにいる雪女を倒す事も出来るだろう。


 雪女はどうやら二人いるみたいだ。

 さっき見かけた少女が、「かか様」と言っていた、つまり……彼女のお母さんがいるという事か。

 娘さんがあれだけの力だったんだから、母親はもっと強い可能性が高い。


たくみー―……なんか空気、変わったなー」


 満生みつきさんがスノーゴーグルをずらし、天井を見上げる。


NUMAの広大な吹き抜け空間に、さっきまでなかった異様な冷気が降りてきている。さながら、天井裏の巨大な冷凍庫が開いたかのような感覚だ。


 次の瞬間——照明がバチンと音を立てて消え、売り場の半分が闇に包まれた。

 冷気は霧になってゆっくりと棚の合間に満ち、商品タグのついたクッションやラグが白く凍り始める。


「誰? ここにいるって事は……氷の彫刻になりたいの? なら、望み通りにしてあげるわ」


 氷を叩いたような透き通る、でも妙に通る声が響いた。


 現れたのは——雪のドレスに包まれた美しい女。背中からは氷の羽が伸び、髪は黒髪が波打つように揺れている。

 あれが「かか様」か。あの娘以上の化け物。寒気だけで戦意を削られるような存在感だ。


と、その横で。転がったまま動けないのは紗夜さや、雪玉から手足と頭だけ出ている……まさに紗夜だるまだ。


 俺は工具コーナーで拾ったパイプレンチを握りしめる。


 ——やるしかない。今さら逃げ場もない。

 ホームセンターvs雪女母娘、第二ラウンド、開始だ。


 紗夜はもこもこダウンの子供用スキーウェアが雪に埋もれて、もはや冷凍マスコット状態。本人も回復に時間がかかりそうだ。


「う、動けんのじゃ。前の海といい、ワシ……最近いいとこ無しじゃのう……」


 雪うさぎを抱えた少女は笑いながら吹雪を巻き起こしていた。


「しずり、やめなさい」


 上空から母の声がする。


「人間相手だとすぐに壊れるから手加減をしなさいと、言ったでしょう」

「……だって、なんかモフモフで腹立つ……」


 うん、同感だ。気持ちはわかる。

 だが、これで俺たちの数的戦力は減った。

 残ったのは俺と満生みつきさんだけ。


「巧ー……これ、完全にボス戦の前座やない?」

「だな。ラスボス、まだ喋ってすらいない……」


 ——だが、やるしかない。

 スノーゴーグルを下ろし、工具コーナーで拾ったバールを握る。

 雪と氷の支配するNUMAで、最後のサバイバルDIYバトルが始まる。


 ……無理だ。どう考えても勝ち目が無い。


 氷の娘一人にしたってあの威力。

 ましてやあの空中に浮かぶ母親は、場の温度すら意のままにしてる。

 これが本気を出す前ってんなら、ここで突っ張ってもただの凍死だ。


「満生さん! 撤退だ、外に出るぞ!」

「了解ッ! ここはいったん退くで」


 満生さんは即座に腰の符札を抜き、そこに霊力を込めた。


「式神・エスケープくん、頼んだで!」


符がバシュッと破裂し、氷に閉ざされた自動ドア前の空間に現れたのは、非常口のマークの形の式神。

 エスケープくんが凍り付いたドアに張り付くと、そこには外に出る出口が作られた。


「逃がさないよっ」


 雪女の子供が吹雪を巻き起こしたが、それは全て出口の外にすり抜けていった。


「今や、行くでっ!」

「おう、紗夜は……!」


 ——振り返る。

 雪玉。

 いや、紗夜だるま。

 雪だるま状態の紗夜がカチコチに凍って、まるで売り物のマスコットみたいに売り場の端で転がっていた。

 凍りついたシャベルの先が、微妙に「行け……」と指し示している気すらする。


「すまん紗夜、今は……!」

「あとで……絶対、助けたるからな……!」


 俺たちは、エスケープくんが開けた氷の出口をすり抜けるように飛び出した。

 氷と吹雪に満ちたNUMAの内部を背に、外の冷えた空気がむしろ暖かく感じる。

 ——だが、脱出は成功した。それだけは確かだった。


 ——NUMAの外に脱出した俺たちは、手早く次の一手に分かれた。

「巧、あーしは燃料確保してくるわ。ちょうど外にセルフのガソスタあったから、式神総動員でポリタン持たせて戻ってくるわ!」

「ああ、任せた! 俺は空調室を探す。あの店内の冷気、上から吹いてた……多分、空調経由で何かされてる!」


 俺は工具売り場で拾った簡易地図を頼りに、NUMAの裏側へと走った。

 スタッフオンリーの鉄扉を突破し、薄暗い通路を進むと、あった。


 「空調管理室」とプレートの貼られたドア。鍵は壊れている。誰かが……いや、何かがすでに開けた跡だ。

 中は凍てついていた。空調パネルは全てフリーズ状態。だが、電源系統はまだ死んでいない。


 バールでパネルを叩き、強制再起動させる。暖房のリミッターは解除した、温度設定はMAX! 多分表示はないが50度くらいってとこだろう。

 空調をリミッター解除した俺は、NUMAの入り口に戻った。


「たーくみーっ! ゲットしてきたでぇぇ!!」


 入口のドアがガンッと開き、満生が風のように駆け込んでくる。

 背後には大量のポリタンクを抱えた式神たち。中には雪の中で滑って転んでるのもいたが、どうにか目的は果たしたようだ。


「これだけあったら、店内の発電機全部回せるやろ!」

「ナイス! よし、ヒーター類と延長コード全部持ってこい!」


 俺たちは再び売り場へ戻り、石油ファンヒーター、電気ストーブ、こたつ、ホットカーペット……暖房器具という暖房器具を片っ端からかき集め、ガソリンで動く非常用発電機に接続していく。


 延長コードは何本も繋げられ、雪に埋もれたNUMAのあちこちに**人工の“春”**が点在し始めた。


「おりゃあッ、動けッ! このホットカーペットが……命を救うんやッ!」


 売り場中央のテント展示コーナーに設置したこたつが、ボウッと赤く光る。

 そのとき——


「なに、してるの……」


 また、現れた。氷の娘が、吹雪のような冷気と共に迫ってくる。


「ふたりで……あったかいこと、してる……?」


 その声に含まれる怒気と嫉妬は、少女のそれではない。明らかに人外の“怒り”だ。


 「うわ、来た……! 満生、任せろ、ワンショットだけだ!」


 俺は、棚から掴んだ制汗スプレーとライターを構える。


 「良い子は……」


 カチッ。


 「真似したらダメだぞっ!!」


 ブゥオオオオオッ!!

 ——即席火炎放射。


 スプレーの噴射にライターの火が引火し、白銀の吹雪を一瞬だけ朱に染める。


 「ひゃっ……!?」


 少女は一瞬ひるみ、空中でバランスを崩した。羽が焦げ、冷気が乱れる。


「今やっ、暖房の間に引きずり込めっ!」

「うおおおおっ、紗夜ああああッ、迎えに行くぞおおお!!」


 一方、満生さんは式神最強のゴブラン将軍を呼び出していた。


「頼んだで、ゴブラン将軍!」

「御意、主様。行くぞ、ゴブランレーザー!!」


 ゴブラン将軍の両手の眼から極太のレーザーが放たれた。

 レーザーは辺りを破壊し、派手な爆発が起こった。


「のわわぁあ、ワ、ワシまで巻き込むでないわぁあ!!」


 哀れ紗夜だるまはゴブラン将軍のゴブランレーザーの衝撃で吹っ飛ばされ、最上階のフロアに落ちた。

 すると、紗夜だるまはカート用エスカレーターの所に転がり……斜面をゴロゴロと加速つけて上から下に転がってきた。


「めめめ。目が回るのじゃー」


 一方、雪女親子は俺が空調リミッター解除したことで弱り、ヒーターと暖房に囲まれて動けなくなっていた。


 その真ん中に……紗夜だるまが激突! パッカーンという大きな音を立て、雪玉が壊れ……雪女親子は二人とも気を失ってしまった。


 今だ、俺と満生さんは、可哀そうだと思いつつも、二人の雪女母娘をマミーシェラフに閉じ込め、登山用ザイルでぐるぐる巻きのミノムシ状態にした。


 ……こうして、ホームセンターでの雪女極寒バトルは幕を閉じた。

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