どうにかゴリゴリさんスープで暖を摂れた俺達は、防寒着を身にまとい、ホームセンターNUMAを見渡たした。
ここは外資系らしく、何もかもがデカい。
だから家具とかもあり、スポーツウェアや食料品、そして日曜大工品にカー用品、何でもそろっている。
ゾンビ相手にホームセンターというのは映画の定番で見かけるけど、流石に雪女相手にホームセンターってのは聞いた事もない。
まあどうにかここにある道具を使えば、ここにいる雪女を倒す事も出来るだろう。
雪女はどうやら二人いるみたいだ。
さっき見かけた少女が、「かか様」と言っていた、つまり……彼女のお母さんがいるという事か。
娘さんがあれだけの力だったんだから、母親はもっと強い可能性が高い。
「
NUMAの広大な吹き抜け空間に、さっきまでなかった異様な冷気が降りてきている。さながら、天井裏の巨大な冷凍庫が開いたかのような感覚だ。
次の瞬間——照明がバチンと音を立てて消え、売り場の半分が闇に包まれた。
冷気は霧になってゆっくりと棚の合間に満ち、商品タグのついたクッションやラグが白く凍り始める。
「誰? ここにいるって事は……氷の彫刻になりたいの? なら、望み通りにしてあげるわ」
氷を叩いたような透き通る、でも妙に通る声が響いた。
現れたのは——雪のドレスに包まれた美しい女。背中からは氷の羽が伸び、髪は黒髪が波打つように揺れている。
あれが「かか様」か。あの娘以上の化け物。寒気だけで戦意を削られるような存在感だ。
と、その横で。転がったまま動けないのは
俺は工具コーナーで拾ったパイプレンチを握りしめる。
——やるしかない。今さら逃げ場もない。
ホームセンターvs雪女母娘、第二ラウンド、開始だ。
紗夜はもこもこダウンの子供用スキーウェアが雪に埋もれて、もはや冷凍マスコット状態。本人も回復に時間がかかりそうだ。
「う、動けんのじゃ。前の海といい、ワシ……最近いいとこ無しじゃのう……」
雪うさぎを抱えた少女は笑いながら吹雪を巻き起こしていた。
「しずり、やめなさい」
上空から母の声がする。
「人間相手だとすぐに壊れるから手加減をしなさいと、言ったでしょう」
「……だって、なんかモフモフで腹立つ……」
うん、同感だ。気持ちはわかる。
だが、これで俺たちの数的戦力は減った。
残ったのは俺と
「巧ー……これ、完全にボス戦の前座やない?」
「だな。ラスボス、まだ喋ってすらいない……」
——だが、やるしかない。
スノーゴーグルを下ろし、工具コーナーで拾ったバールを握る。
雪と氷の支配するNUMAで、最後のサバイバルDIYバトルが始まる。
……無理だ。どう考えても勝ち目が無い。
氷の娘一人にしたってあの威力。
ましてやあの空中に浮かぶ母親は、場の温度すら意のままにしてる。
これが本気を出す前ってんなら、ここで突っ張ってもただの凍死だ。
「満生さん! 撤退だ、外に出るぞ!」
「了解ッ! ここはいったん退くで」
満生さんは即座に腰の符札を抜き、そこに霊力を込めた。
「式神・エスケープくん、頼んだで!」
符がバシュッと破裂し、氷に閉ざされた自動ドア前の空間に現れたのは、非常口のマークの形の式神。
エスケープくんが凍り付いたドアに張り付くと、そこには外に出る出口が作られた。
「逃がさないよっ」
雪女の子供が吹雪を巻き起こしたが、それは全て出口の外にすり抜けていった。
「今や、行くでっ!」
「おう、紗夜は……!」
——振り返る。
雪玉。
いや、紗夜だるま。
雪だるま状態の紗夜がカチコチに凍って、まるで売り物のマスコットみたいに売り場の端で転がっていた。
凍りついたシャベルの先が、微妙に「行け……」と指し示している気すらする。
「すまん紗夜、今は……!」
「あとで……絶対、助けたるからな……!」
俺たちは、エスケープくんが開けた氷の出口をすり抜けるように飛び出した。
氷と吹雪に満ちたNUMAの内部を背に、外の冷えた空気がむしろ暖かく感じる。
——だが、脱出は成功した。それだけは確かだった。
——NUMAの外に脱出した俺たちは、手早く次の一手に分かれた。
「巧、あーしは燃料確保してくるわ。ちょうど外にセルフのガソスタあったから、式神総動員でポリタン持たせて戻ってくるわ!」
「ああ、任せた! 俺は空調室を探す。あの店内の冷気、上から吹いてた……多分、空調経由で何かされてる!」
俺は工具売り場で拾った簡易地図を頼りに、NUMAの裏側へと走った。
スタッフオンリーの鉄扉を突破し、薄暗い通路を進むと、あった。
「空調管理室」とプレートの貼られたドア。鍵は壊れている。誰かが……いや、何かがすでに開けた跡だ。
中は凍てついていた。空調パネルは全てフリーズ状態。だが、電源系統はまだ死んでいない。
バールでパネルを叩き、強制再起動させる。暖房のリミッターは解除した、温度設定はMAX! 多分表示はないが50度くらいってとこだろう。
空調をリミッター解除した俺は、NUMAの入り口に戻った。
「たーくみーっ! ゲットしてきたでぇぇ!!」
入口のドアがガンッと開き、満生が風のように駆け込んでくる。
背後には大量のポリタンクを抱えた式神たち。中には雪の中で滑って転んでるのもいたが、どうにか目的は果たしたようだ。
「これだけあったら、店内の発電機全部回せるやろ!」
「ナイス! よし、ヒーター類と延長コード全部持ってこい!」
俺たちは再び売り場へ戻り、石油ファンヒーター、電気ストーブ、こたつ、ホットカーペット……暖房器具という暖房器具を片っ端からかき集め、ガソリンで動く非常用発電機に接続していく。
延長コードは何本も繋げられ、雪に埋もれたNUMAのあちこちに**人工の“春”**が点在し始めた。
「おりゃあッ、動けッ! このホットカーペットが……命を救うんやッ!」
売り場中央のテント展示コーナーに設置したこたつが、ボウッと赤く光る。
そのとき——
「なに、してるの……」
また、現れた。氷の娘が、吹雪のような冷気と共に迫ってくる。
「ふたりで……あったかいこと、してる……?」
その声に含まれる怒気と嫉妬は、少女のそれではない。明らかに人外の“怒り”だ。
「うわ、来た……! 満生、任せろ、ワンショットだけだ!」
俺は、棚から掴んだ制汗スプレーとライターを構える。
「良い子は……」
カチッ。
「真似したらダメだぞっ!!」
ブゥオオオオオッ!!
——即席火炎放射。
スプレーの噴射にライターの火が引火し、白銀の吹雪を一瞬だけ朱に染める。
「ひゃっ……!?」
少女は一瞬ひるみ、空中でバランスを崩した。羽が焦げ、冷気が乱れる。
「今やっ、暖房の間に引きずり込めっ!」
「うおおおおっ、紗夜ああああッ、迎えに行くぞおおお!!」
一方、満生さんは式神最強のゴブラン将軍を呼び出していた。
「頼んだで、ゴブラン将軍!」
「御意、主様。行くぞ、ゴブランレーザー!!」
ゴブラン将軍の両手の眼から極太のレーザーが放たれた。
レーザーは辺りを破壊し、派手な爆発が起こった。
「のわわぁあ、ワ、ワシまで巻き込むでないわぁあ!!」
哀れ紗夜だるまはゴブラン将軍のゴブランレーザーの衝撃で吹っ飛ばされ、最上階のフロアに落ちた。
すると、紗夜だるまはカート用エスカレーターの所に転がり……斜面をゴロゴロと加速つけて上から下に転がってきた。
「めめめ。目が回るのじゃー」
一方、雪女親子は俺が空調リミッター解除したことで弱り、ヒーターと暖房に囲まれて動けなくなっていた。
その真ん中に……紗夜だるまが激突! パッカーンという大きな音を立て、雪玉が壊れ……雪女親子は二人とも気を失ってしまった。
今だ、俺と満生さんは、可哀そうだと思いつつも、二人の雪女母娘をマミーシェラフに閉じ込め、登山用ザイルでぐるぐる巻きのミノムシ状態にした。
……こうして、ホームセンターでの雪女極寒バトルは幕を閉じた。