龍神・
藤原式揚水機の所から亀の姿の天之龍沼命にキャンプ場下流まで送ってもらった俺達は、ママー牧場の高台に作られた臨時避難場所に向かった。
この未曽有の大災害を食い止める事が出来たのは俺達だけではなく、あの怪異レポーターの柳川ジュンジーさんがいないと出来なかった。
お礼を言おうと思ったんだが、彼はスケジュールが押してるらしく、もうこの場所を離れたそうだ。
まあ……あの人とはまた会う事もあるかな。
臨時避難場所にはママー牧場の責任者の方がいて、俺達に何があったのかを詳しく聞きたいと根掘り葉掘り話を聞かれた。
その中で彼は龍神・天之龍沼命の話にとても深く興味を示し、ママー牧場全体を挙げて龍神様への感謝を伝えていく事を約束してくれた。
その手始めとして、本来の夏の終わりの収穫祭フェスタとして毎年開催されていたイベントを龍神フェスタとしてかつてこの地で催されていたという龍神祭をママー牧場アレンジで復活させる事を約束してくれた。
更に、俺達に振られた仕事が……ママー牧場の空いている土地にドイツ風にアレンジした龍神様の神社を立ててほしいという依頼だった。
……まあ、出来ない事はないけど、ドイツ風神社ってなんじゃ? って甚五郎さんが首をかしげていたので説明するのに結構な時間がかかってしまった。
ママー牧場の空き地に、俺たちが依頼されたドイツ風神社の建設が始まった。 石造りの鳥居は城門を思わせる重厚なデザインで、どっしりと構えている。甚五郎さんは設計図を片手に何度も首をかしげながらも、熟練の腕で手際よく作業を進めていった。
レンガ調のモルタル壁が少しずつ形になり、切妻屋根の赤茶色い瓦が葺かれていく。 社の内側には、賽銭箱や神具のスペースも忘れずに確保された。木の温もりと石の冷たさが不思議に調和し、和と洋の融合を感じさせる空間が出来上がっていく。
暑い日差しの中、俺たちは材料を運び、設置し、ペンキを塗り、細かな装飾を施した。
地元の人も手伝いに来てくれて、笑顔と掛け声が絶えない、まるで小さな祭りのような賑わいだった。
そして二週間余りの作業の末、ついに社は完成した。
誰もが息を呑むほど美しく、どこか神聖な空気を漂わせている。
「できたぞ、これが新しい龍神様の神社じゃい!」
甚五郎さんが誇らしげに言った。
俺たちは無言で見つめながら、胸の奥に安心とともに、何か大きなものに守られているという確かな手応えを感じていた。
――そして神社の完成に合わせ、龍神フェスタが開催された。
地元の人達、ママー牧場のスタッフ、それにたくさんの動物たちも龍神様を祀り、みんなで盛り上がった。
紗夜と心を通わせた元G1三冠馬・ルドルフマックスも紗夜を背中に乗せ、盛り上がっていたみたいだ。
満生さんは龍神と書かれたTシャツを着ていたが、この出所は分かっている。
何故ならママー牧場で新たにお土産として売られるようになった龍神Tシャツだからだ。
でも、いつの間に着替えたのか、そっちの方が気になる……。
祭りのクライマックスでは雨が一時的に大量に降り、雷が二度社の屋根に落ちた。
多分これは竜神様の感謝を表したものなのだろう。
紗夜と満生さんはアズキモナカアイスを食べている。
どうやらこのアイス、ママー牧場限定品だったのだが、竜神様のプリントをした物を県内のスーパーやコンビニでも売り出すことになったらしい。
身近に龍神様を知ってもらうマーケティングの一環だともいえるだろう。
他にも龍神様アクセサリーやタペストリーも売られるようになっていた。
これらは道の駅でも購入できるようだ。
こうして地元の竜神様をもっと知ってもらうのがママー牧場側の戦略みたいだけど、商魂たくましいなーってのが少し苦笑いかな。
俺達は龍神フェスタを楽しみ、家に帰る事にした。
すると、母さんが帰宅後、驚いていた。
「あらあらまあまあ、この大きな亀さんどこから入ってきたのかしら?」
「え? 亀?」
俺達が家の池を見ると、そこにはのっそりと泳ぐ大きな亀がいた。
って……あれ、天之龍沼命じゃないの? 何でここにいるんだ??
「え? 神社出来たのに……なんでここにいるんですか?」
「うーむ、確かに神社はありがたいのだが、あそこには水が無くてなー。それで霊力の強い水場を求めておってここにたどり着いたんじゃ」
あらら、まあ……神社は信仰心を集める場所と考えればいいか。
幸い、この池はじいちゃんの飼ってた鯉とかカエルとかがいるくらいで、デッカイ亀が増えても問題はない広さなんだけどね。流石は田舎って言えるかもね。
「まあここに住まわせてもらうだけの恩恵は与えてやるから安心するがよい、それでは今後よろしく頼むぞよ」
こうして……うちの庭の池にカメ様が住む事になってしまった。
まあ、いいか。
母さんが水道メーターを見て首をかしげていた、どうやら使ったはずの水量を大きく下回っているので不思議に思ったようだが、これがカメ様のご利益なのかな。
そうして数日後、夏の残暑も落ち着いた頃、季節は秋に変わり始めていた。
普段はめったに鳴らない紗夜のスマホが、珍しく震えた。
画面を見てみると、SNSに新規の友達申請の通知が届いている。
「やなぎだしずり」――見慣れない名前だった。
気になって申請を開くと、そこにはメッセージが添えられていた。
『とと様がスマホを買ってくれて、さやちゃんの名前を見つけたよ! よろしくね♪』
その文面から、東北の分校にいるしずりちゃんだとすぐにわかった。
スマホの画面越しに、あの子の明るく元気な声が聞こえてきそうだった。
紗夜は自然とほほえみを浮かべ、新しい交流の始まりを感じていた。
『あのね、しずり今、み山村の分校ってとこに行ってるよ。分校のみんな、とてもやさしくて学校楽しいよ』
しずりちゃんが地元の子供達と一緒に遊んでいる写真もアップされていた。
『そうそう、かか様といっしょに山にはつ雪ふらせたんだよ、しずりもがんばったんだよ』
まあそうだよな、雪女の仕事と言えばそうなのかもな。
『おじじ様もしずりたちがあそびに行くと、とてもニコニコしていたよ、かか様ととと様もいっしょにお話ししてた』
まあ、紗夜のおかげで氷の一族の雪解けも近いかもしれないなー。
「そうかー、しずりは分校で子供達と楽しく遊べているんじゃな、よかったよかった」
「せやなー、分校の子供達、みんなしずりちゃんをアイドルみたいに思っとるんちゃうか」
俺達が見た写真は分校でのお芝居の写真だった。
どうやらしずりちゃんは雪の女王の芝居の雪の女王を演じたようだな。
しかし……演出ではなく本当に雪を降らせたみたいで、後で職員が雪かきをしていたのは少し苦笑いが出た。
「分校……か」
分校という言葉を聞いた甚五郎さんが何やら意味深な表情をしていた。
だが、その後あえて何かを忘れるように一気に酒をかっ食らっていた。
甚五郎さん、何か昔あったのだろうか……。
俺はそれを聞き出すわけにもいかず、甚五郎さんの背中を見ていた。
「社長、お仕事の依頼です。今度は紀國市教育委員会からです」
教育委員会? いったい今度はどういった内容だ??
「はい、ツムギリフォーム社長、
俺が電話を替わると、教育委員会の担当は、紀國市立第二小学校の件を依頼してきた。
どうやら、第二小学校の男子トイレに幽霊が出るとかで、老朽化で工事しようにも業者が拒否してしまい……それで俺達に仕事を依頼してきたという流れのようだ。
「わかりました、一度見積もりを出してからご連絡という形でよろしいでしょうか」
『はい、よろしくお願いします。このままでは児童達がトイレを使えないで別校舎や別の階を利用し続ける事になってしまうので、早めにお願いします』
俺達は、幽霊が出るとすれば昼よりも夜の方が確率は高いだろうという事で、俺、紗夜、満生さんの三人で問題のトイレのある学校に夜になってから向かう事にした。