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第45話

「最後に一つ頼まれてくれぬかの?」


 別れの挨拶をしたナミたちに、義経が不躾に言う。


「静に……静に伝えてはくれぬかの?」

「何を、ですか?」


 即座に疑問を返すデンちゃんに、ナミが肘で小突くとニッコリ微笑む。


「分かりました、静さんに伝えます。『義経さんは生きてます』って」

「静にこれを……」


 義経は懐からふみを差し出す。その鏡表紙には笹竜胆の紋が描かれていた。それを丁寧に受け取ったデンちゃんは『必ず渡します』と力強く応える。


「有難い……何から何まで世話になった。忘れぬぞ」




 義経たちは北へ向かう。遠く岩手山頂は靄が立ち込めている。しかし義経一行があの山を越えたのならきっと晴天にちがいない。


 強い風が吹いた。


 ナミがその風に一時目を閉じたのなら、再び開いた眼に義経たちの姿は映っていなかった。

 それはデンちゃんたちも同じであったのであろう、姿が見えなくなったその後に向かい、軽く頭を下げたのなら反対方向へと土を踏む。

 静御前に報告しに行こう!



◆◇◆◇



 京に静御前はいなかった……。


 義経は生きている……そのことを知った静はデンたちが辿り着く前に北へ出たという。

『必ず渡す』……義経との約束を果たせなかった悔しさで一杯になる。そっと文を置いたなら、そこから蛍の光のような幾つもの真球が湧き出てきた。その光の朧に静御前の姿が……。


「みな様、ありがとうございまする。静は義経さまを直ぐにでもお慕い致します。みな様の到着を待たずに発つことをどうか、お許しください」


「……!!?」


 唖然として誰もが口を開けないまま、ゆっくりと時は流れる。


ふみの中身は分かっております。どうか、鎌倉に知られないよう文は燃やしてくださいませ。どうかお願いいたしまする」


 そう言って陽炎の如く揺らめき、ゆっくりと消えた。



◆◇◆◇



「きぃぃぃぃ! 悔しいったらありゃしないよ!」

「そんなことならワシらも静御前に会いに行けばよかったずんずら」

「今回は戦闘が多かったから休みたいだなんて、バズ兄のせいだば」

「あんたはもう、休みなしだよッ」

「イイネ様が温泉にでも行こう、なんて言うからでべし」


 そんなイイネ様たちを横目にナミたちはふさぎ込んでいる。


「あんたたち、そんなに気にすんじゃないよ」

「何回読み返したって、変わりやしないどす」

「できることはやった、そう思うしかないでびし」



『クエスト終了後報告』によると、衣川の戦いで義経を逃がしてしまった泰衡は頼朝を恐れ、『義経を討ち取った』と鎌倉に報告。

 そして検分のため首を送れという鎌倉に対して時間を伸ばし、別の首を入れた櫃を送る。40数日を費やして届けた首は腐敗が進んでおり、碌な検分もせず捨てられたという。

 それが理由か、鎌倉の怒りを買った奥州は7月、頼朝に攻められ滅亡した。


 義経を追った静御前は居どころを探り当て、北の乙部町までたどり着く。しかし義経はすでに立ち去った後。絶望した静御前が身を投げた川は現在、姫川と呼ばれている。

 静御前は当時京都で流行っていた『お茶会』を開くための道具を持って行ったという……きっと義経の栄華を誇った京都の暮らしぶりを体現することで、蝦夷での再起を願ったと推察する。



 そして源義経と一行のその後は、『不明』とされ記されていない……。源義経が大陸へ渡りチンギス・ハンとなったのかどうかは誰も知らない。歴史だけが真実を知っている……。




 間違いなく不満があったのは義経。源平合戦の最大の功労者でありながら、疎まれてしまった義経。太公望兵書を学んだのなら、漢の張良のように慎めなかったのは頼朝との血の繋がりに甘えたのか?

 正史の通り衣川での最期、義経がその瞬間まで不平を漏らしていたとは考え難い。義経は再起だけを考えていて、そこに行きつくことができなかったように思える。ならばチンギス・ハンとなってモンゴルを覇したのなら……そう願ってやまない。

 やはり損をしたのは静御前。しかし不満を言うはずもない……。


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