「温泉、楽しみだねー」
「日帰りだけどね」
タンデムのスーパーカブが走り抜ける。海岸沿いから少しずつ離れて潮の香りが遠のいたのなら街を抜け、木々が濃くなる。
「フクロダの滝に、先に行くんだからね」
「分かってるさ。昔は名瀑水だったんだってね」
「それと……恋人の聖地なんだって……・」
「えー?! ナミちゃんなんて言ったの?」
急に音を落としたナミの声は景色と共に後ろへと流れて溶けた。白のパーカーに黒のスキニーパンツ、ボトムと同色のハーフ丈のダウンジャケット。グルグル巻きにしたマフラーの隙間から風が入り込む。風は冷たい。
デンちゃんの背に隠れるように、ナミは小さくなってデンちゃんをギュッと掴む。ほんのりと体温が伝わってきては都度、それを風が攫って行く。
(早く温泉に入りたいなぁ)
ナミは家に一人残してきた父が、熱い一番風呂が好きなのを思い出してそう思った。
◆◇◆◇
ナミの父と母は、学生運動で出会った。それは『レゴリス』と呼ばれる宇宙ウィルスが発見されたのがきっかけである。経済は混乱し、メディエ陰謀論が噂され、近代開発至上主義が問題視されるようになる。そんな状況が2人を巡り合わせ、そして恋に落ちた。
しかしこの社会運動は世の中の利便性に呑まれ下火となる。新しいテクノロジーたちは快適と快楽と速さの追求。社会や時代のスピードに振り落とされる者は昔の比ではない。そんな経済活動を弱めることは生活水準の低下を余儀なくさせる。人々はそれを嫌がり必死にそのスピードにしがみついた……。スローライフなんて只の言葉となり、人々は目先の栄華を貪った。
「このままではエリアは完全に滅びてしまう。もっと強硬に出るべきだ」
運動に賛同する者たちは、この運動が完全に沈下させられる前に手を打つべく策を練る。
「我々の主張を広めるべくマスコット的な『顔』を創ろう」
「今のリーダーでは我が強すぎる、これでは万人に受け入れられない」
「女性がいい」
そんな流れでナミの母、
そして南欧は現在のレジスタンスの主導者というレッテルを張られた。無論、そう仕向けたのはシャルド。
世間一般の認識では、ナミの両親たちの社会運動は現在のレジスタンスの基幹となった反政府と言うわけだ。
「わたしがここに居たら、家族にも憲一さんの会社にも迷惑をかける……」
そう言って母、南欧が家を出て数年が経っている。年に数回、母から手書きの短いメッセージ付きの荷物が届くが、居場所は不明のままである。
ついに見つけた、シャルドに繋がる手がかり、レジスタンス・仁・武蘭……。途さんや実さんが言っていた“旧政府が探している『何か』ってヤツ”は『真球』のことだ。レジスタンスもそれを集めているに間違いない。
◆◇◆◇
母に擦り付け、母を隠れ蓑にしたシャルドを見つけ出す手段。デンちゃんに回したナミの腕にグッと力が込もる。
ナミにもクエストに向かう想いがある、温泉よりも熱い意志が……。