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第53話

 そしてダル・テックス・ビルの藍。狙撃できそうな位置を確かめたのなら、息を潜める。そこに男はいた……。パレードの歓声が徐々に近づいて来ると男は近寄りがたい空気を身に纏う。男は藍に気付いていないと思われる程凄まじい集中力だ。


 窓の外で谺のように音が散る。恐らく暗殺が始まった……。男はまだ動かない……。藍にとって永遠の1秒とも思える時間が流れたと思えたとき、男がわずかに動いた……。

 それは最初の銃声が聞こえてから、10秒と経たない時間であった。


 藍は見なくても分かった。この男の撃った弾丸が大統領を死に追いやったことを。藍はまだ動けないでいた。


「藍か……」




 男が振り向かずに言った。藍は答えなかった。いや驚きが大きすぎて、答えることが叶わなかったのである。




「久しぶりだな。大きくなった」


 そう言って男は振り向いた。外では歓声が悲鳴に変わった瞬間だった。




「……父さん……」




 新道千畝しんどうちうね、藍の父親である。その手にはバレット社・MRADが握られている。これは2000年代アメリカ特殊作戦軍が使用していたボルトアクション式の精密狙撃銃である。


「.260レミントン弾を使用した。恐らく教科書倉庫ビルからの発砲はモーゼル とカルカーノの1発ずつ、これは外れだ。そしてグラシ―ノールからの最初の1発、恐らくレミントンライフルでジェームズ・ファイルズの狙撃であろう。だから俺もレミントン弾を使用した」


「そんなことはどうだっていい!」


 温厚な藍の目が怒りに満ちていた。藍は言いたかった数々の言葉が霧散していることに気が付く、それでも絞り出した想いを口に出そうとしたそのときだった。


「よくやった、行くぞ」


 藍の背後から声と同時に現れたのは仁・武蘭であった。またしても理解が追い付かない事態に言葉が届かない。『あッ……』と辛うじて漏れ出た音が切れる前に2人は立ち去る。


「何で、2人が……?」

「藍、また会おう」


「グッバイ、オズワルド……」


 仁はそう言葉を置いて行った。



◆◇◆◇



『……大統領はシークレット・サービスの手で、6キロ先のパークランド記念病院に運ばれました……銃弾は喉の下部から入り、背中に抜けたとのことですが、まだ……』


 ラジオが流れていた。ナミたちほとんどが茫然と口を閉ざしている中、イイネ様が声を上げる。


「なんだい、ラジオだってハッキリ言ってるじゃないか。『銃弾は前から入った』って」


 この後の、ケネディの手当をした2人の外科医が行った記者会見の内容と一致している。2人とも、『頸部の射創は⦅弾の⦆入り口だった』と言った。⦅* しかし、アメリカ政府が設置したウォーレン委員会は、「頸部の傷は出口」と発表した⦆




「父さんは一体……?!」


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