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第55話 ザプルーダーフィルム

「ナミちゃん、今日は悪いけど俺はちょっと用があってさ、送っていけなくてごめんね」

 デンちゃんにそう言われてナミは1人メディエを出た。そんなことは今まで一度もなかった。


(用って何だろー?)

 どこかに行くような素振りは無かった、ってことはメディエ内に用がある、つまりはクエスト絡みの用事だろう。パーティメンバーに秘密で? 不審が募る。

 イイネ様たちは旧政府側だからメディエに残るのは分かるけど、藍もまだメディエに残っている。


(私だけ仲間外れにされた?)

 そう思ってもう一度戻ってみる。


 さっきまでいたミーテイングルームには藍とバズ、エモが談笑していた。デンちゃんとイイネ様はどこだろう? 胸騒ぎを覚える。何となく2階のカフェを覗いてみる。そこに2人はいた。


(何話してんだろー?)

 帰れと言われたのにノコノコこんなところに入っていけない……。ナミは胸にモヤモヤを抱えたまま、黙って帰ることにした。



◆◇◆◇



 ナミとデンちゃんは雑誌ライフを発行しているタイム社⦅=ニューヨーク⦆を訪れていた。日本は東京の中心から少し離れるだけで、新東京⦅成田⦆といい同じ都内であるはずの府中でさえ荒涼的になる。さすがアメリカ、とスケール感を抱かずにはいられない。

 大都会のニューヨークをレトロバイクで走ると昔の映画のワンシーンを感じたりもする、しかし先日のデンちゃんとイイネ様のカフェでの2人の姿を思い出すと、気持ちが上がって来ない。

 意味もなく信号待ちでデンちゃんの頭を小突く。


「何するのー?」

「なんでもなーい」




 ザプルーダーはすでにフィルムを売却している。それは11月29日の特別号に掲載される。


 デンちゃんはネタを売り込みに来た。


「ここにそのフィルムよりも鮮明な動画があります、ザプルーダーさんから150000ドルで権利を買ったと聞きましたが、これにはイクラの値がつきますか?」


 そう言って突き出したその手にはデバイスが握られている。その板チョコのようなものから鮮明な画像が流れたのなら、対応したアメリカ人は思わず2、3歩退いてしまう。

 明らかに前方からの狙撃が分かる。デンちゃんはあのとき撮っていた。そしてナミが見ないよう隠していたのだ。先日のイイネ様との話はこれのことだった。それをナミは知らない。

 ナミは映像の音でケネディ暗殺の映像だと知る。ナミの記憶が蘇り、流れ出る音から逃げるように顔を背けた。


「それにまだ公表されていない、レミントンの薬莢、これには歯形が付いている。他にもケネディ事件のネタもあります、どうです?」

「…………」


「俺がこの映像を他社に売ったら、ライフに掲載する画像と比べて読者はどう思うと思いますか? ま、仮に画像の良し悪しは置いといたとしても、ライフの独占だからこそ、ザプルーダーフィルムは価値があるのではないでしょうか?」


「舐めるなよ小僧。お前の持っている映像は怪しすぎる、フェイクだ。どう言うカラクリがあるのか知らんが、先ずはオリジナルフィルムを見せて見ろ。現像はどこで行った? どうやって再生している? そんな玩具みたいな代物で大人を騙そうったってそうはいかん」


 当時の機器ではデンちゃんの持っているデバイスを繋げる装置はここにはない。ましてや例えデンちゃんであっても特別号が発行される11月29日までに周辺機器を作るなんて不可能だ。


 1960年代……この時代は科学に人間の知識と経験が追い付いていない。


 ある実験をしたとする、事象【A】が起きたとき、どうして【A】の結果が起きたのか、そのメカニズムを研究した。知識と情報が【A】に追い付いていないからだ。現代は事象【A】という結果を踏まえていて、【A】が起こり得るあらゆる条件を研究する。事象【A】を予測しそれを立証する研究ができる程知識が追い付いてきた、ということだ。

 勿論未知への研究も果てることはないが。


「それに、だ、小僧。我々はただ利益目当てだけですっぱ抜こうって腹じゃない。フィルムの313コマ目は公開しないという条件だって受け入れている。何故だか分かるか?」


 デンちゃんは素直に首を横に振る。


「すべてはアメリカのため、我々はアメリカのためにできることをしている」


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