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第56話 オズワルドとタクシー

「出してくれ」

「どこまで?」


 タクシーに乗り込んできたのは男だった。男は少し息を切らせながらも早口で言った。


「オーク・クリフだ。急いでくれ」


 カーラジオからはケネディ大統領のニュースが騒がしく流れていた。


「あんた、パレードを見てたかね?」

「あぁ……」


「どこにいたんだい?」

「教科書倉庫だ」


『ヒュー』運転手は口笛を鳴らした。それを耳にした男は小さく舌打ちをした。残念ながら少し興奮気味の運転手はそれに気付かない。


「あそこのビルの上からじゃ良く見えやしなかっただろ?」

「教科書倉庫は囮さ、あそこに回された全員ハズレくじって訳か」


「なんだって?」

「嵌められた、ってことさ」


 運転手とは話が噛み合わないまま、男は一人納得したかのようだった。渋滞に巻き込まれた乗り合いバスと違い、順調に走るタクシー内には、大統領の容体を案ずるラジオが繰り返し繰り返し伝えられる。その内容に変化は見られず、情報が不足していることが分かる。


「消してくれ」

「あい?」


「ラジオを消せ!」

「アメリカの一大事だぜ?」

「生憎マルクス主義なんでね」


 運転手は男の苛立ちっを感じ取る。だからその言葉を聞いたのを最後に、彼は男に話しかけるのを止めた。ラジオを消した車内はすぐに静けさが飽和し始めていた。




 運転手の名はウィリアム・ウェイリー。そして客の名はリー・ハーヴェイ・オズワルド。ケネディ大統領狙撃事件発生直後、TSBD⦅* 教科書倉庫ビルのこと⦆から自宅に向かう彼を乗せたタクシーの運転手。ウェイリーは1965年12月、事故で即死する。誰も知らない謎の単独自動車事故だった。



◆◇◆◇



 12:56。ウェイリーがオズワルドを降ろした後、再びラジオをつけた。


『大統領がパークランドに搬送されてから間もなく20分が経とうとしておりますが、未だ大統領の容態は伝えられてきておりません……しかしながら大統領を撃ったとされる人物の背格好は、身長5フィート10インチ ⦅1.78 m⦆の体重約150~165ポンド ⦅68~75 kg⦆くらい、 細身の白人男性で、年は30代前半と情報が公開されました……繰り返します……』


 車を進ませていたウェイリーは、慌てて車を止めて来た道を振り返ったが乗せていた客の姿はもうそこには無かった。



 13:00少し前。


「目が膨張して凝固している」

「ダメだ、もう手の施しようがない」


 パークランドの医師たちは全力を尽くしたが、心電図が波打つことはなかった。

 カトリックの司祭であるオスカーL.フーバー神父が最後の典礼⦅=終油の秘蹟⦆を執り行い、ケネディ大統領の死が確定した。



 13:10ごろ。東10番街East 10th Streetで警察官のティピットは大統領狙撃事件の容疑者に似た男を発見した。


「ちょっといいかね?!」


 ティピットはパトカー越しに声をかけた。車を降りて前に出たところ、ハンドガンを4発見舞われた。ティピットは倒れ、男はリボルバーの薬莢を捨てると一言遺して逃げて行った。


哀れな愚かな警官poor dumb cop……」


 13時40分。テキサスシアターにてオズワルド、逮捕。



***



 デンちゃんの目論見は失敗した。結局デンちゃんとデンちゃんの動画は信用されなかった。


 デヴィット・フィーリー、クレイ・ショー、キューバのカストロの二重スパイであるメキシカーノ。

 そのメキシカーノがオズワルドと2人でメキシコの闘牛場で会ったと言われるKGBの殺し屋コスティコフ。これから明かされるであろう、ウォーレン委員会からの報告や、今後その報告から広がる疑問点の数々を訴えたデンちゃんだったが、ライフの記事に載ることはなかった。しかしこれでいい、デンちゃんらの狙いはそこではない。



 デンちゃんたちの狙いは、タイム社を出たなら、すぐに表れた。2人は死角の多いビル街を避け、開けた場所であるセントラルパークを目指す。


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