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第70話

 シャルドが感傷的になるのも無理はない……シャルドと南欧も学生運動で出会った。それはシャルドの一目惚れだった。


 南欧は控えめな女性だったが、当時アメリカのエリアで話題になっていた未確認ウィルスが、日本エリアへの不安を扇動していた。そんな周囲の高まる機運に巻き込まれ学生運動に参加した。ノンセクトラジカルな活動であった。

 一方の万代健太郎も経済格差の煽りを受け家業は下降の一途、それに加えた学費の高騰を背景に、学生が勉学に励める環境を求めて学生運動に参加しているノンセクト派。そして南欧の家もまた裕福ではなかった。

 対して名門実業家の四家の次男である流渡はゲバルト派で、優秀な兄を持つ家庭環境から自己掲示欲が強い。


 その内2人は学生セツルメントにおいてしばしば顔を合せるようになる。お互いが共有する時間は言葉を交わらせ、2人の距離を縮めさせる。父は近代開発による技術職と伝統工芸に対しての問題提起を。母は近代開発による地球環境悪化を、学生運動を通して訴えるようになる。


「……気に入らないな……」


 流渡は健太郎と南欧が同じ卓で話している姿を見て、苦々しい表情を向ける。ゲバルト派の流渡は女性を性的な対象としてとらえていた。流渡は一度、南欧の唇を無理やり奪い、南欧に上唇を噛み切られている。


 そんな中、運動内で声が上がる。


「このままでは俺たちの運動は滅びてしまう。もっと強硬に出るべきだ」

「我々の『顔』となる代表者を創ろう」

「女性がいい」



 知らぬ間に南欧の全てが世間に広められていた。健太郎は必死で護る。それを助けたのが安川省吾、デンちゃんの父親である。

 省吾は昔、最新科学に詳しかった。華道という古臭い家督に縛られるのが嫌だった。情報空間サイバーという領域は常に最新で、伝統にはない可能性が秘められていた。



 時が過ぎ、健太郎と南欧は結婚し、ナミが生まれた。ナミが生まれる3年前に藍が生まれている。そしてエリア間での交易が少ないために時間を経て、日本エリアで宇宙ウィルス『レゴリス』は蔓延した。


 当時アンダーグラウンドで活動を続けていた流渡は、かつての南欧の情報を復刻させ反政府運動を広めた。サイバーでの省吾の抵抗は、するだけドツボに嵌まる。

 3億円事件の時の捜査同様に、学生運動家たちの炙り出しの意図が見え隠れし、過去を調べ上げられ、その情報は尾ひれをつけて拡散されていく。


 省吾の家元も暴かれ、華の道は南欧の美貌と相まってポルノに形を変えた。南欧は町から去り、省吾は健太郎の勧めもあって、華道の立て直しに力を費やした。そして省吾のそれは、伝統を学び直すことで、華道の、歴史の力を思い知る。継承とはたおやかなる積み重ねであり、現代のスピードにまみれの簡単に書き換えられてしまうことのない、確かな礎だった。

 その礎とは『道』……華道然り、剣・柔・弓・茶・書など人生を重ねて道と成す。幾何学的アルゴリズムではたどり着かない『未知なる一手』を生み出せるのが人生であり、人の持つ心である。

 我が子に見せるべきは確かな礎のある父たる姿、それを示せる男になりたいと決めた、はずだった。




 そして四家流渡はシャルドとなる。



***



「お母さんのことを気安く呼ぶな!」

「おやおや、君のお母さんはもっと穏やかだったけれど……?!」


 シャルドは薄ら笑いでそういうと、唇の傷を舐める。


 ナミとイイネ様、藍と千畝でシャルド達3人を挟む形で対峙している。ポジション的にそれは有利である。しかしナミたちと違い、レジスタンス側は、デンちゃんが言ってたように『殺意』を向けられる。そこが決定的に攻撃力の差を生む。


「シーカー同士はパラドックスに関係なく、殺せるんだよ」


 イイネ様の足に弾丸が掠る。肉を裂く一撃だ。堪らずイイネ様が蹲る。イイネ様を振り返るナミの眼前に、シャルドの振り下ろす右手の装備からレーザーサーベルが照出される。

 シャルドから放たれる光線がナミに届く前に、千畝が投げた袋を切断する。中には水が入っていたようで、散らばった水によってシャルドのレーザーサーベルは歪んだ。空気中から水などを通過する際必ず光は屈折するからだ。


「距離をとれ、それの射程は短い」




 光には質量がない……アインシュタインによると『ある空間に質量を持つ物体がぽつんと存在するだけで空間と時間が歪む』。この歪みの大きさは質量が大きいほど大きくなる。それこそが重力。光自身に質量がなくても、非常に大きな質量の周囲では光は空間ごと曲がる。

 そしてどんなにコヒーレンス⦅可干渉性⦆が相位していても光は拡散するし、単色であるがゆえに色はスポットの距離と大きさを変えてしまう。

 照射の密度は『緑<赤<青』⦅だからブルーレイの方が書き込む密度が小さくなり、より多くの情報を書き込める⦆密度の濃いエネルギーを照射させるには距離が短いほど強く、距離が離れる程光は拡散して、空間ごとねじ曲がる光はまっすぐに進めない……。

 更には手から出せる程度ではレーザーの射出穴は小さくなる。光は狭い隙間を通れば通る程拡散する性質を持っているから、なおのことエネルギースポット射程は短くなる。


「今日のところは素直に帰らせてくれれば、我々も大人しくするんだけどな」

「お母さんの居場所を教えて! それと……私たちに謝って!」


「謝る? なんで俺が?」

「わたしたちの家族をバラバラにした!」

「彼女は俺のプライドを傷つけた!」


 イイネ様が戦闘不能の今、シャルド達は目の前のナミを排除すれば前が開けて逃走できる。一方藍はシャルド以外の2人から銃撃されないよう、カイトをナミたちの周囲に旋回させて狙いをつけさせない。


「これが南欧の最新の写真とデータだ……おっと……」


 シャルドが懐から一枚の紙をチラつかせたのなら、指から離して落とす。それを拾おうと安易に動いてしまったナミ。そこへシャルドのレーザーサーベルが振り下ろされる!


 血しぶきが飛ぶ! 切られたのは千畝だった。ナミを押しのけ、庇ったのだ。倒れ込む千畝。駆け寄るナミと藍。


「来るな!」


 ナミを一喝する。驚いて二の足を踏んだナミに先じて藍が千畝を抱き起す。加えてナミが近寄らないよう念を押す千畝。

 その隙にシャルド達は撤退する。




「父さん! しっかりしてくれ! 父さんッ!!」


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