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第72話

 あの日の『青い服の少女』は、彼女の願い通り人生が変わった……。ジャクリーン夫人と目を交合わせ、世界の輝きを見た少女はロック歌手になり、40歳で大学に進んだ、と後日談にある。

 父親に怯えて暮らしていたあの日の少女は、あの場に立つことで自らの人生を切り開いたのだ。



***



『……Ask not what your country can do for you. Ask what you can do for your country.⦅国が諸君に何をしてくれるかを問うな。諸君が国に対して何をできるかを問え⦆』。

 アメリカ合衆国・第35代大統領ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ⦅1961年の就任演説⦆



 デンちゃんは思う。国⦅=大きな力⦆が個々に分け与えてくれる、『待ちの姿勢』では個は育たず、豊かにならない。個々の力を結集して大きな力を創る、つまり今の俺たち1人1人が積み重ねた行動が大きな力(=歴史)を創っているのだと。メディエは……歴史が俺たちに何かをしてくれると期待しているのであろうか?……本当に未来を変えるパワーをくれるのであろうか?


「ケネディさんのこの有名な言葉って、何か腑に落ちないんだよねー」

「ナミちゃんどうして?」


「順番が違うけど『忠臣蔵』のとき、内蔵助さん(=藩士)たちが赤穂藩(=国)へできることを、あんなに模索したのに、内匠頭さんは彼らに報いることはなかった、これって明らかにケネディさんの言葉と真逆よね」

「うーん……そうだね」


「義経さんだって、国(=幕府)の方が1人の人間に対して必死になって……」

「義経が源氏のために尽くしたのは事実」


「それに江川さんのこともあるし……」


 デンちゃんも見てきた。周囲の力が江川の人生を狂わせそうになったこと。同時に自身の父への想いも振り返る……。


(俺は思い上がっていた……自分の学んだ最新の技術が、父の道、華道に何かできると驕っていた……分厚い歴史を持つ華道が、今の時代に対して何かできるのか、俺はそれを考えるべきだったのではないだろうか?)

 デンは花伝書の持ち出しに失敗しナミに諭され、弁慶の鍛え抜かれた天下無双の業を見、そして今、固く父を信じて待つことを決めた。華道は父・省吾の人生であり、心そのものなのだから。



◆◇◆◇



「デンくん、僕とパーティを組む時言ったよね『ナミちゃんはクエストにおいて最高のパートナーだ』って確かに言った……『も』って……」


 デンちゃんはナミに気付かれないように視線を向ける。しかしそれだけが精一杯で、藍の言わんとするべきことは分かるのに、返す言葉が出てこない。


「君たちにはずっとクエストを続けて欲しい。多分『過去』には希望はない。しかし『歴史』は君たちの知識と経験になる。それはきっと未来の君たちの助けとなるはず……シャルドも捕まえて欲しいし、ナミさんのお母さんのことも、伝説のシーカーの真実も、デンくんのお父さんだって……君たちなら世界のために歴史を動かせる日がきっと来る、何故だかそう思うんだ」


 藍は今、メディエを退会して、祖母と細々と暮らしている。思えば千畝が藍以外に距離を保っていたのは、藍以外はレゴリスの免疫がない、タキシードたちは歴史の力によって感染しない、それに違いない。


 千畝は最期までシーカーだった。


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