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第41話


 それからも柏木の質問は幾つか続き、曖昧な言葉で返す俺と笑みだけでかわす奈央。


 柏木の自宅付近まで来て漸く、心臓に悪いトークも終わった。


「柏木、次どっちいけばいい?」


「あ、その十字路を左に⋯⋯本当にすみません。家まで送ってもらっちゃって」


「気にすんな」


 家までの道を訊ねる俺の横では、おもむろにバックから何かを取り出す奈央が視界の端に映り込んだ。


 こらっ、奈央!

 何、お前は煙草なんて取り出してんだよ。誰がそこまで大人のフリしろっつった! そもそも、どうして持ってるんだ!


 怒鳴りたくても叶わずの状況下、思いっきり睨みを利かせながら左手で煙草を奪う。

 俺の睨みなど屁でもない奈央は、前を向けとばかりに偉そうに顎をしゃくりやがった。


 ――覚えとけよ、この小悪魔。


 チラチラと奈央をめつけていると、後ろから声が掛かる。


「先生、あそこのマンションです」

「おぅ、了解⋯⋯あ? あれって、林田じゃないか?」

「えっ」


 柏木の自宅マンション前では、青い傘を差した林田が佇んでいた。


 小さく驚いた声を出した柏木は、「先生、ちょっと待ってて」と言うと、車が停まるなり林田の元へ駆け寄り、二言三言交わしてから運転席側に戻って来た。


「先生、彼女さん。本当にありがとうございました」


「もう無理はすんなよ。何かあったら、俺じゃなくてもいいから誰かに言え」


「うん」


 そんな柏木に林田が近付いてきて傘を頭上にかざす。


「よぅ、林田」

「⋯⋯」


 にこやかに声をかけてみても、まるっと無視。林田は俺を眼中にも入れず、助手席の奈央へと視線を注ぐ。


「先生の彼女さんだよ」


 ご丁寧にも柏木が林田に説明をする。


「え」


 微かに漏れ出た林田の声。眼差しは縫い付けられたように奈央から離れない。

 奈央もまた、それを受け止めるように首を少しだけ動かし、サングラス越しに林田を見ている。微塵とも笑みを浮かべず、寧ろ冷たさを漂わせて。


 恋人役に徹するなら、ここは笑みの一つでも作った方がいいんじゃないのか。


 たった数秒の出来事なのに、何となく嫌な空気が孕む緊張感。

 とうとう奈央は笑み一つ見せずに前へ向き直ると、二度と林田の方へ視線を向けることはなかった。


「じゃ、俺たち行くから。柏木、風邪引かないように体温めろよ。林田もまたな」


 アクセルを踏み込み車を発進させると、直ぐ様、説教を始める。


「お前な、なに調子に乗って煙草吸おうとしてんだよ!」


 叱られても全く堪えない奈央は、かったるそうにサングラスを外し、帽子を取って乱れた髪の毛を整えている。


「それより林田、奈央だって気付いたんかな? えらく見られてたよな?」


「心配ない」


「何を根拠にそんなことを。ま、バレたらバレたで、そん時考えるか。にしても柏木の奴、大丈夫なんかなぁ」


「⋯⋯」


 無反応なのはいつものこと。そんな奈央を気にせず、大分遠回りはしたが、予定通り買い物を済ませ家路に着いた。

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