その日の晩のことだ。
「敬介、席替えして」
「は?」
何の脈絡もなく、突如、奈央が言い出した。
「席替え?」
「そう」
「席替えか⋯⋯。福島先生に訊いてみないとなぁ。俺の一存では――」
「ふふっ。そうだよね。力のない副担だったもんね。今のは気にしないで」
おい、その薄笑い。完全にバカにしてんだろ。
癪に障った俺は翌日。
『もう直ぐ進級でバラバラになりますし、最後ぐらいは、自由に好きな者と机並べさせるってのはどうですかね?』
尤もらしい理由をつけて、福島先生に打診した。
そして、見事奈央に踊らされ席替えをする我がクラス。
「沢谷先生からの提案です。最後くらいは仲の良い子達と座っていいわよ~!」
福島先生の掛け声でガヤガヤと生徒たちは騒ぎ始め、机や椅子がごった返す。
奈央にとって仲良く並んで座りたいと思う奴はいないと思われるのに、一方的に近付いて来る者は多い。
前に一緒にランチをした、異星人1号から4号までが奈央の周りを囲み、あのキスをしようとした貴島までもが、どさくさに紛れて奈央の前の席を陣取った。
果たしてこの席替え、奈央は本当に満足しているのだろうか。席替え直後の奈央を見て思う。
「敬介、席替えして」
「はぁっ?」
その日の晩、二日続けて同じ会話をする俺たち。
周りがあまりにも構ってくる状況に陥った奈央にとって、新しい席は、やはり苦痛でしかないらしい。
それに、やたらと奈央の顔色を窺う貴島の存在が鬱陶しいらしく、今日だけでも8回は殴ってやりたいと思ったそうだ。
「流石にもう席替えは出来ねぇよ」
「冗談よ」
大人しく奈央は引き下がるも、思いの丈だけは吐き出した。
「いつか貴島、張っ倒す」
品の良い綺麗な顔立ちからは想像もつかない科白が吐かれたが、それでも我慢することにしたらしい。我慢するはずだと思った。
何故なら放課後。礼を言ってきた生徒がいたからだ。
『沢谷先生、ありがとね。ホントはちょっと、居づらかったんだ、今までの席』
言われて初めて、やっと全てを理解した。
礼を言ってきたのは柏木だった。
柏木が居づらかったという以前の席は、仲が良いと思っていた朝倉の隣。
きっと柏木は、朝倉に想いを寄せている。それも一方通行の想い。最近様子がおかしかったのは、朝倉が原因だったのだろう。
そして恐らく奈央は、そんな柏木の気持ちに気付いた。だから、席替えしたいだなんて、突然言い出したんだ。
それを本人に確認したところで、どうせ奈央は口を割らない。
だからせめて、クラスメイトを思い
「貴島を張っ倒す時は援護射撃してやる」
「ひとりで充分よ」
貴島より、よっぽど男らしい発言が間髪入れずに返ってきた。
でも、奈央は一応女の子なんだから。それも、さり気なく気遣いの出来るいい女なんだから。――――俺はもう、それを知っている。
自然と口元が緩んでしまう俺を、気味悪そうな目で奈央が見ていた。